何の罪もない私たちだって犠牲になる。その私たちができること、ってハナシ。

いおりんです。

今週末、山梨県の古民家LOOFでアウトドアイベントをしていたので、ちょっとブログを更新できませんでした。ほんとは出かける前に書きためておくべきなんだけどね。ちょっと更新頻度にブレがあるのはいけませんな。ちょっと反省ですね。

さて、そのイベントについては改めて書くとしますね。今日はまた、ダラダラと書き始めてみようと思う。

つまるところ「関係ない私たちが、なんで標的にならないといけないんだ」っていうことだよね。

そういえばこの土日で、ISILによる日本人人質事件で、残る人質であった後藤さんが殺害された、というニュースがあがったね。先日、平和に関する記事を書いただけあって、この件にもやっぱり思うところはある。

例によってNewsPicksを見てみると、安倍政権批判が多いね。「安倍政権の動きがISILを挑発した。それが後藤さんの殺害、及び全日本人が標的となる事態につながった」とのことだ。

私がここに思ったのは、「日本人ってやっぱり、こういった事件について他人顔なんだな」ってこと。安倍政権批判について、「何の罪もない後藤さんが、なんで」っていう主張で、これはつまるところ「関係ない私たちが、なんで標的にならないといけないんだ」っていうことだよね。当事者意識は全然ないよね。

勝手に関係者にされただけの人たちが、今だって命を落としているかもしれない。

私だって正直、当事者意識は無かった。それは日本が平和だから。私はこの土日も、田舎の古民家で平和に星空を眺めながら過ごしていた。そうした平和は命の不幸に対して鈍感にさせるんだろうな。だから今回のような事件が起きると、ビックリして拒絶反応を起こしちゃうんだろうな。

でも、世の中には「何の罪もない私たち」が犠牲になる世界が確実にある。発展途上国の貧困層の多くの餓死者はきっと、何の罪もない。勝手に関係者にされただけの人たちが、今だって命を落としているかもしれない。そんな世界は確実にある。

私もどこかで同じように捕まってしまう可能性はゼロじゃない。昨日まで関係なかったことに、今日巻き込まれるかもしれない。人生ってそんなもんだ、きっと。

例えば北朝鮮拉致事件の被害者だってそうだろう。彼ら彼女らは、日本にいたのに巻き込まれたんだよ。

遠い紛争地って、火星と同レベルの遠い存在になっちゃうんだよね、きっと。

当事者意識って持つのはとても大変。私たちだって日々なんとか生きているじゃん。この平和な日本でも私たちは必死に生きている。悩みながら。目の前に必死だから、見えない遠い世界のことは考えられないのも無理ないと思うんだよ。

見えない世界って存在しない世界と同じくらいに感じちゃうよね。私は昔、「”会えない”という点で浜崎あゆみと火星人は同じ」とか思っていたんだけど、見えない世界、という点で、遠い紛争地って、火星と同レベルの遠い存在になっちゃうんだよね、きっと。

 

少なくとも、首相官邸前でデモ抗議するより、考えることがあるんじゃないかと私は思う。だって、大好きな人たちが何かに巻き込まれて後藤さんのような事態になったときを考えてみてよ。首相官邸前で座り込むこともしないでしょ。もちろん泣き寝入りだってごめんだよね。

私たちができることは何だろう。火星くらいに遠い土地に対して何かできることはないだろうか。今回のようなことが起きないために。起きたときのために、。

明日、火星人に連れ去られるかもしれないんだから。

平和が生む世の中に感謝するいおりん。

平和が生む世の中に感謝するいおりん。