自由を阻むのは能力不足なんかじゃなく、何かしらの「枷」なんじゃないか、ってハナシ。

最近、渋谷の夜にいることが多くなった、THE☆東京かぶれ、いおりんッスよ♪

転職サイトの「DODA」のCMをご存知でしょうか?チャップリンの「独裁者の演説」およびキング牧師の「奴隷解放の演説」を使ったCMです。

テンポ感のためか、こういう熱い演説は、日本語にはなかなか向かないよね。それぞれ、「生きる自由」について語られた、有名な演説ですね。

(追記: youtubeの動画が非公開になってしまいました。)

さて、今日は、生きていく自由について、ちょっと書いてみまッス☆

習得する自由と、枷を外す自由があると思う。

私たちが獲得できる自由っていうのは、2種類あるんだと、私は考えています。

1つは、習得する自由。これは、例えば、「体力をつける」「料理を練習する」「本を読む」「ボイトレをする」など、筋力や技術、知識を身につけることによって、得られる自由。

もう1つは、「枷を外す自由」。これは、「札束をばらまく」とか「走るトラックの前に立ちはだかる」とか。実はできることなんだけど、何かしらの感情によって、できなくなってしまっていること

逆を言うと、私たちの不自由っていうのは、「能力の未熟さ」「感情の枷」という、2つの要因で成り立っているんじゃないかな、って思っている。

でも、私たちは多くの場合、「能力の未熟さ」だけにしか着目しないんだよね。「感情の枷」に気付けないまま、「○○ができないのは、自分の力が足りないからだ」と思っている。

君たちには、力がある。

チャップリンの演説では、「Fight for liberty.(闘え。自由のために。)」と語られています。

You are not machines!
君たちは機械ではない。

You are not cattle!
家畜でもない。

You are men!
人間なんだ!

You, the people, have the POWER!
君たちには力がある。

The power to create machines.
モノを発明する力が。

The power to create happiness.
幸福を生み出す力が。

You the people have the power,
君たちには力がある。

to make this life free and beautiful,
人生を自由で美しく。

to make this life a wonderful adventure!
素晴らしい冒険に変える力が!

Fight for liberty!
闘え!自由のために!

引用元: DODA CM「チャップリン」篇

彼の言うとおり、私たちには力が「ある」んです。身につけないといけないワケじゃない。既に「ある」

どういうわけか、世間では、君たちには力がないと言われ続ける。君たちには、まるで力がない。学生のうちはもちろん、社会人になっても。たったそれだけの力で、社会を生きていけるわけがない、という幻想を植え付けられる。

その過程で、私たちには「○○はできないんだ」という感情の枷が、何重にもガッチリとかけられてしまう。本来できるはずのことが、できないんだと思い込まされてしまう。

だから、私たちが見えている世界っていうのは、実はびっくりするくらい狭いんだよね。その狭い世界から逃げだす道さえ、「感情の枷」が邪魔して見えなくなっちゃっているんだ。

でも、世界は広い。空は青く、木々は蒼い。今歩いている道を外れ、道なき道を歩きだすことは、誰にだってできる。

「感情の枷」が見えれば、自由になれる。

もし、「今、やりたくないことをやっているけど、他に道が見つからない」という人がいるならば、まずはこの「感情の枷」を外すことを意識してみると良いと思う。この感情の枷が、私たちの自由を阻んでいる要因だから。

もちろん簡単なことじゃない。私だって、感情の枷を見つける前に、一度、心を壊している。簡単なことじゃないから、みんな悩んでいる。闘わないといけないんだと思う。

Fight for liberty.

 

和歌山の空はやっぱり良いなぁ、と思ういおりん。

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奈良・王寺の駅は良い具合に古くてかっこいい、と思ういおりん。

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