2023年、紅白歌合戦が楽しかった/現代アイドル演出の完成
2023年末、紅白歌合戦を、おそらく人生初めて前のめり気味で楽しんだ。
というのも、普段はお笑い番組などを観るんだけれど、年末になってテレビから音が出ないことに気づき、代替策としてネットでやっているテレビしか見れなかったのだ。
NHKプラスは観られたから、そこでやっていた紅白歌合戦を楽しんだ。(TVerなどでやっている番組はいまいち好みではなかった。)
改めてガッツリ見てみると、紅白歌合戦はなんやかんや良いモノだな、と感じた。
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2023年、テレビは落ち目だと言われている。誰も彼もがYouTubeやらTikTokやらに移行しているし、視聴者もそういった動画コンテンツに移行している。
紅白歌合戦については、もう少し前の時代・・・2010年ごろにその人気は衰退していたように思う。iTunesなどによって音楽視聴が多様化した結果、「みんなが知っている曲」というのが減ってきたことが、原因の1つかもしれない。かつては全ての世代にとって「あの人が出るなら見よう」といった感覚があったが、それが徐々に減ってきたように思う。呼べる人に限りがあるから仕方がない。
一方で、お笑い番組のほうではそういう衰退はなかった。出場者も紅白歌合戦に比べて多く確保できるし、予算も分散せずにすむ。何よりも世代交代していない。明石家さんまさんやビートたけしさん、ダウンタウンさんなどが出てくるとそれだけでお祭り感があるし、普段バラエティに出てこない俳優さんが出てくると、それもお祭りだ。(紅白歌合戦では、前提が豪華だからこそ、俳優・女優さんがゲストで出てもそこまでお祭り感は出ない。そもそも司会がトップ俳優であることも多い。)
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ただ、2023年の紅白歌合戦は、むしろ年末のコンテンツとして一層、輝いて見えた。
何十人ものアーティストたちが一堂に介して歌う姿は、他のコンテンツではまず見られない。しかも複数会場・・・時には屋外も含めて中継で同時に繋いでいる。それも生放送でだ。
さらに、さだまさしさんのライブ会場と繋いだり、Adoさんは京都の東本願寺でセットを組んでのライブ演出—観客もなく紅白のためだけのセットだ。幕間でディズニー50周年メドレーを橋本環奈さん、浜辺美波さん、大泉洋さん、山寺宏一さんなどを含めたメンバーで歌う。ディズニーの映像付きだ。
YouTubeやらTikTokやらとは、予算も規模も桁違いだ。YouTubeでは「単独でここまでの予算を!」という驚きはあるかもしれないけれど、お祭りとしての規模は全くもって及ばない。
優劣のハナシではなく、時代の流れとして「参加できるエンタメ」というのが生まれ、それに伴って「低コストでインスタントなエンタメ」が楽しまれる方向にある。もちろんそれも楽しいのだけれど、構造的に「高コストで高負荷なエンタメ」が実現できない。
その結果、「選ばれし者たちだけで構成されたコンテンツ」というのを辞められなかった紅白歌合戦のようなコンテンツが、独壇場になってきているように思う。
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紅白歌合戦は毎年のように「誰々がなぜ出た」「彼等がなぜ出ないんだ」といった話題が出るけれど、紅白歌合戦は「お祭り」であって、「今年話題になった人が出る大会」じゃない。
例えば韓国アイドルがいくらか出ていたけれど、私は全く知らなかった。聞いたことも1ミリもないような人たちが多かった。これが、2023年レコード大賞だったら、それは違うんじゃないのというハナシだけど、紅白歌合戦はお祭りだ。だから、「なんか知らないけど韓国から来てるんだって?良いじゃん!」で良かった。
しかも、その韓国アイドルも、後述するYOASOBIの「アイドル」の豪華なダンス陣の中にしっかり組み込まれているのも面白かったし、個人的には盛り上がった。欧米にアイドルはなく、日本と韓国がアイドル大国だから、それらがあの風刺的アイドル演出に入っているのは感慨深い。
また、郷ひろみさんが相変わらず「2億4千万の瞳」を歌うのも、石川さゆりさんが「津軽海峡・冬景色」を歌うのも、お祭りだからだ。これを「何でいつまでもコレで出場してるんだ」というのはお門違いで。「だってアンタも知ってるしサビ歌えるでしょ?」ってハナシで、お祭りとしては大正解だ。
同じく、ウリナリの「ポケットビスケッツ」と「ブラックビスケッツ」が出たのも大正解。紅白歌合戦というお祭りだからこそできる。彼らも(多分)2023年を風靡したわけではなくとも、彼らが出ることでお祭りが盛り上がるわけで。
紅白歌合戦とはそー言うものだよね、という前提をすっ飛ばして批判しても、しょうがない。じゃあお祭り来るなよってハナシでもあるしね。
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私は特に、YOASOBIの「アイドル」を聞いて、観て、正直、震えた。
私はこの楽曲を聞いたことはなかったのだけれど、噂には知っていた。「推しの子」というアニメが一世を風靡し、その主題歌であるこの「アイドル」もまた、とても人気がある楽曲なのだと。ただ、私自身はYOASOBIというアーティストにそれほどハマっていなかったので、この楽曲は聞いていなかった。
そんな私でも、この紅白歌合戦の「アイドル」に関しては、ダントツで良かった。
シンプルに国内外から様々なアイドルやダンスチームが替わるがわるキレッキレのダンスを披露するというのが、それだけで唯一無二だ。さらに、橋本環奈さんもそこに加わっている。
もちろん、この「アイドル」という楽曲のサウンド自体がバツグンに良いのもあったし、カメラワークやライティングについても素晴らしかった。音響さん・映像さんは相当気合いを入れていたんじゃないかな。
正直にいえば他の演出では割と「音響さんどうした?」と思う歌唱もあった。それが紅白歌合戦、生放送の味でもあるんだけれど、この「アイドル」に関して言えば完成されていた。
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「アイドル」の歌詞は、どちらかというとアイドルという偶像への風刺的な詩だ。
「得意の笑顔で沸かすメディア
隠しきるこの秘密だけは
愛してるって嘘で積むキャリア
これこそ私なりの愛だ」
ものすごく現代的だなと思う。それを現代のさまざまなアイドルが踊って彩るというのが、最高に完成されているなと思う。
旧来のアイドルは雲上の存在だった。実際、同じく紅白歌合戦に参戦していた、元キャンディーズの「伊藤蘭」さんは、68歳にもかかわらず美しく、雲上の存在だった。電車の中で見かけたら間違いなく輝くだろう。
それが、AKB48あたりから、アイドルはどんどん「身近な存在」になっていったように見える。AKB48はコンセプト自体がそうだったと聞く。間違いなく素敵なんだけれど、それは学校の中に何人かはいそうな、クラスのアイドル的存在だ。
ネットの隆盛もあってか、アイドルの完璧幻想はいくらか打ち砕かれた。むしろ人間臭い部分を出すことで、「応援してもらう」という部分で人気を博するようになった。アイドルは完璧な存在ではなく、成長物語を見せてくれる存在となった。
“アイドルだって恋愛はするし、落ち込むし、文句も言う。でも、それを見せずに一生懸命がんばっているんだ。”
というのが、アイドルの前提になってきている。
だからこそ、前述のYOASOBIさんの「アイドル」の歌詞が成立する。「完璧で嘘つきな君は天才的なアイドル様」なんて、昭和時代〜平成初期には唄えなかったと思う。でも今では、「これこそがアイドルってやつだよな」と思えてしまうほど現代のアイドルを象徴している。
そして、だからこそ錚々たる現代アイドルたちがこの歌をバックに踊っている、その組み合わせが最高に風刺的であり、現代アイドルの演出として完成されていると感じた。
YOASOBIの歌唱がアイドルたちの姿に深みを与えて演出し、アイドルたちのダンスがYOASOBIの歌唱に真実味を加えて演出する。歌詞がアイドル像を風刺するが故にアイドルたちを応援したくなり、そのアイドルたちが歌を熱狂させる。相乗効果がループしている、故に完成されている。
このループの中に、あの橋本環奈さんさえも組み込まれているという衝撃。「1000人に1人」のアイドルが、この風刺的ループのエンジンにいる。
繰り返しになるが、この演出にはアイドルに対して興味がない私でさえ、正直震えた。こう、なんだろうな、スマブラSPに近い感動だった。
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これは余談だけれど。
私はしらなかったのだけれど、anoさんと橋本環奈さんは、地下アイドル時代から同世代で半ば「2強」ともいえる扱いを受けていたらしい。橋本環奈さんが「1000年に1人のアイドル」と言われていたのは知っていたけれど、anoさんは同時期にカルト的人気があり、「天使と悪魔」などと言われていたのだとか。
その2人が紅白において同じ舞台に立ち、当時話題になった時と同じポーズをする・・・という演出だったらしい。後から知っただけでちょっとした感慨を覚えるだけに、もとから知っていたファンからすると凄まじい感情が押し寄せただろうな。
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ちょっと2023年の紅白歌合戦は体験がむちゃむちゃ良かったから、2024年にも期待してしまう。年末の楽しみが1つ増えたな。