「常識」とされている自己犠牲当然の労働環境には、抗いたい。

どーも。いおりんです。

私は2週間ほどまえから実質、休職状態にあります。それは、1つの気づきからです。「そもそも、なぜこんな、一生懸命働いているんだろう」という気づきです。

ちょうど、心療内科さんから、抗うつ剤を頂いたタイミングと重なり、「自分の人生を破綻させてまで、バカげた仕事したくない」と思い、私は会社を休んだ

日本に潜む労働への洗脳

会社を休んで「働くこと」について考えてみると、日本には、労働に対して色々と洗脳が潜んでいるなーぁ、と気づくようになりました。

・夜遅くまで働くことは素晴らしい。
・夜遅くまで働く人はやる気がある人。
・仕事はツライもの。
・ツライことを我慢して頑張ることは素晴らしい。
・ツラくても「やりがい」があれば良いことだ。
・大企業に勤めることは、中小企業に勤めることより素晴らしい。
・大規模の仕事は、小規模の仕事より素晴らしい。
・出世することは素晴らしい。
・逃げることは駄目なことだ。
・「できない」責任は自分にある。
・成長することは素晴らしい。
・成長するということは、良く仕事をこなせることだ。

こんな感じの価値観が、およそ20年間に渡って頭に擦り込まれているんだよね。だからみんな、自分の心身を犠牲にしてでも、仕事に出向いていく。だって、「仕事とは、ある程度、心身を犠牲にしないといけないもの」って思っているから。

そんなバカげたことはないんだよ。こんなに空は青いのに。自分の心身を犠牲にしないといけないことなんて、存在しないんだよ。

現状はバカげている。

周りを見てみると、私が経験したようなハナシは特に珍しくもないんだよね。「デスマーチ(Death March)」という言葉は1995年に提唱されたコトバだし、インターネットで検索すれば、エピソードに不足しない。

何より日本は過労死(KAROSHI)大国なんだし。全くもってバカげているよね。

友達とかを見ていても、「残業は当たり前」だと思っているし、「辛くて仕方がないけど、仕事に行くしかない」と思っている。中には、心を壊しかけた人もチラホラと。

「私の知り合い」という、あまりにも閉ざされた関係の中で、私以外にも「仕事で心壊しかけた」なんて実例があるなんて、おかしい。おかしいし、許せない。

バカげた労働環境を、「どーにか」したい。

私は、このバカげた労働環境をどうにかしたいんだよね。日本全体を変えようなんて思ってないんだけど、私の大好きな人たちを苦しめるなんて、許せない。

どうするか、は実はまだ考えてないんだけど。この国で「当然」とされている、自己犠牲上等の労働に、NOをつきつけてやりたい。それが、夢のひとつかなぁ、と思う。

そのためにも、私がその労働環境外で生きなければいけないんだよねー。レールの外で幸せになって、「どうじゃい!」って見せつけてやりたい。

ちょっと前までは、真逆だったんだよね。

こんな私でも、ちょっと前までは、先述の洗脳にガッツリかかっていて。「脱社畜ブログ」さんの記事見て、「何を甘っちょろいことを…」なんて思ってたんだよね。今だと「その通りだよなー」って思うのに(笑)。

要するに、この脱社畜ブログさんとか、他にも色んな方々や、色んな書籍が「仕事のために自分を犠牲にすることはない」って訴えても、届かないかもしれないんだよね。洗脳されちゃっているから。

 

「洗脳を解く」っていうレベルだから難しいとは思う。でも、一石投じて、このバカげた世界に、大好きな人たちを迎え入れたくないんだよね。

何をどうするかは、じっくり考えよう。以上。ばいちゃ〜♪

こんな世界を見るだけで幸せだなぁ、と感じるいおりん

こんな世界を見るだけで幸せだなぁ、と感じるいおりん