「成長」ってなによ?ってハナシ

おいーっす。おめーら、成長してる?レベルアップしてる?いおりんっすー。

就職とか、仕事になると、途端に使われだす「成長」って言葉。そもそも、私が強く成長を意識しだしたのって、大学に入ってからなんだよね。それまでは、強く意識しなかった。

「成長とは何か」についてはみんな語らない。

就活とかはじめると、この「成長」っていうのは腐るほど耳にするんだよね。「成長できる仕事」「成長できる企業」って。

でも、「成長」って、何だろう?その会社が定義する「成長すること」とは、どうなることなんだろう?ここをしっかり定義している会社って、驚くほど少ないんだよね。

大学での「就活セミナー」でも、「成長とは何か」について話してくれるセミナーはあんまり聞かない。「成長したいかどうか」だけが基準として用意されているだけなんだよね。

そして就活生は「成長とは何か」すら知らないまま、「成長しないといけないんだ」と思い込んで、就職活動に励んでいく。

就活帰りに雑貨屋で遊ぶいおりん

就活帰りに雑貨屋で遊ぶいおりん

成長の意味が、大人になると変わっちゃっている。

そもそも、成長なんて言葉は、小さい頃は全く別の概念だったと思うんだよね。たとえば、「アサガオの成長観察日記」に代表されるように、「育って、大きくなること」が、成長の意味だった。

それは、身長が高くなることだったり、腕力が強くなることだったり、胸が大きくなることだったり、声が低くなることだった。

それがいつからか、成長の意味が変わってきた。社会で何か役立つような技術を体得することが、成長の意味になったんだよね。

成長から「方向」が削り取られる。

この「成長」の意味の変遷で一番大きな変化は、成長の方向が極端に狭まったことだよね。すなはち、「社会で役立つか否か」と。

そもそも、成長は1つの軸じゃあない。いくつもの軸、方向があり、その方向に対して、それぞれの「成長」があると思うんだよね。

それが、大学生活や就活セミナー等を経て、「これからは、社会で役立つスキルを身につけることこそが、成長である」とたたき込まれちゃう。何か学んでも、それが、仕事で役に立たなければ、それは成長じゃない、みたいな。

たとえば、ただのサラリーマンが、カラオケで練習して歌がうまくなっても、それはただの趣味でしかなく、成長とは認められない。

会社が違うと、成長も全くの別物。

会社が提供する「成長」の方向も、本当は会社によって違って。決して一元論では語れないんだよね。

でも、会社側は、「成長」を一元論で語りがち。すなはち、「仕事に役立つ能力を構築すること」という一方向だけで成長を語るんだよね。具体性もないのに、変に盲目的。

「ベンチャー企業のA社のほうが、大手企業のB社よりも成長できる」
「大規模案件を扱うから、小さい案件よりもずっと成長できる」

こんな言葉はとてもよく聞くハナシ。でも、そんな風に「成長」を語ることなんてできないんだよね。別の会社なら、得られる「成長」も、全く質の違う、別物。

たとえば、BtoBとBtoCでは、得られる「成長」は全然違うよね。企業相手と、実ユーザ相手じゃ仕事が違うんだからね。

あなたがしたい「成長」は何なのか。

自分が欲する成長の軸について、しっかり考えたことがない人は、一回考えてみると良いと思う。

「自分は将来、どういう生活がしたいのか」「どんな人間になりたいのか」というのをしっかり用意しないと、すぐに社会の洗脳に呑まれてしまう。

社会はすぐに、みんなを「扱いやすい人間」にしようとするから。日本の劣悪な労働環境は、「扱いやすい人間の量産」で成り立っているから。

ちなみに私は。。

ちなみに、私は元々、「成長して仕事ができるようにならないと!」と思ってITベンチャーで1年半働いていたんだけど、そこで得られる成長が、自分が欲するものじゃないと気づいた。

別に、大規模な仕事もしたくないんだよね、私。こんなことにも気付かずに仕事してたなんで、どうかしてるよね(笑)。

仕事してからが、ほんとの自己分析。自己分析って、ほとんど洗脳解除作業だよね〜。がんばるっちゃ♪おやすみちゃ♪

大道芸の不思議な演奏に聞きほれるいおりん。

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