Stay Gold, Ponyboy.

他者に期待しないということ

オイラは他者には期待していない。

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青年期から、オイラは「人間は嫌い」と言っていた。

中高生の頃からこんなことを言ってると、中二病だなんだと言われるわけなんだけど。30歳を超えてなお、「人間は嫌いだなーー」と思っている。

もちろん全ての人間が嫌いというわけじゃない。素晴らしい人もいっぱいいるし、憧れる人だっている。でも、一般的な「動物」として人間を捉えて、その習性とかをみると「えぇーー嫌いだわーー」と思う。

クモとかヘビが嫌いな人とかいるだろ。それと同じ感覚。

一方で理性を保って人間の動物的な習性を飼い慣らしている人をみると、その人は「良い人だ!」って思う。

まぁ簡単に言えば性悪説の立場に立っているだけなんだけどね。

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性悪説ってのは、「人間は放っときゃ弱い行動に走る」くらいの意味合いでさ。それを理性や道徳・倫理観によって抑えることが品格やら人間性に繋がるって考えだね。

一方で、この「弱い行動」を抑えられる人なんてほとんどいない、とオイラは思ってるのさ。ほとんどの人間は、弱い行動を抑えられずに暴走させている。

これは、「弱い行動をする側面」のほうが、ダントツにパワフルだからだとオイラは思う。以前にオイラはこれを「巨獣と乗り手」と表現したけど、トラやライオン・カバとか、を調教するのに等しいのさ。

だからコントロールするのはかなり大変だし、実際ほとんどの人がコントロールできていないのさ。

酒やタバコ、暴飲暴食、夜更かし、無知、強欲、暴行・・・こういったものが世界的に蔓延しているのは、ひとえに「コントロールできてないから」だ。

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そしてオイラは、この「コントロールできてない人」が嫌いなのさ。

もちろんオイラも完璧にコントロールできてるわけじゃないけどさ。オイラは自身が暴走したときも猛省するし、どうすれば再発しないかを考えて行動する。そうやって1個ずつ積み上げている。

そんなオイラからすると、ほとんどの人に対して「全然積み上げてないやん」と思うわけ。そしてオイラは他人のそーいう部分をみると「がっかり」しちゃうのさ。

「えぇ・・この人ポイ捨てとかしちゃうんだ」
「あぁー順番並ばなくても気にならない人なんだー」
「暴飲暴食止められないんだー」
「人の好意を平気で裏切っちゃうんだー」

もちろん病気とかは例外だけどさ。オイラが独り立ちしてすぐに克服した弱さをいまだに持っていて、それで平然としているのをみると、がっかりしちゃう。

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でも、人間ってそーいう生き物なのさ。たまたま弱さに対する「調教スキル」ってのがあるだけで、大元のステータスは弱くて欲深い生き物。それが人間なのさ。

だから最初から期待しない。

オイラがあまり人と直接的に繋がらないようにしてるのは、期待してないからだ。

最初は良い奴に見えても、どこかでがっかりしてしまうことがほとんどだ。それなら最初から繋がらない。薄いところでとどめておく。

そーすれば、他人の弱さは「他人事」にしかならないから、笑って見ていられるだろ。当事者になっちゃったら、オイラは許せなくなるから。

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時折、「イオリンが何考えているかわからない」と言われることがある。

それはもう生き方が違うからだと思う。弱さを放置して、それに振り回されている人たちには、オイラの生き方は理解できないんだろうね。揃って「悟ってる」とか言われるのも、同じ理由だと思う。

オイラが今でも友人づきあいできている人は、「調教スキル」がある人だ。その人たちとは、生き方がある程度同じだから、友だちでいられる。

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