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LIFE SHIFT読後感、前編

最近面白い本を読んだ。「LIFE SHIFT」という本だ。

この本は簡単にいえば、「人生の枠組みが変化しつつある。それに乗り遅れないようにね」といった本だ。

これまでの社会は、いわゆる3ステージ制だった。「教育」「仕事」そして「老後」だ。社会の枠組みもこの3ステージを前提として成り立っており、実際、このモデルに乗っ取って人生を幸せに生きてきた人たちは数多くいた。この3ステージ制は確かに正しかった。

ただし、そんな時代も終わりを告げようとしている……いや、とっくに終わっていることは誰もが感づいていることだと思う(そう願う)。「私たちの世代はもう年金はもらえない」ということは多くの20代〜30代は感づいているだろうし。


例えば、「65歳くらいで引退する」というのを達成するには、どのくらい老後資金を貯めなければいけないのか。この辺りもLIFE SHIFTの中では試算が行われている。LIFE SHIFTの中では老後資金をおおよそ、「最終年収の半分を毎年確保できる資産」としている。

細かい詳細は「Read This Book.」という3ワードに託すとして、簡単に言えば、1970年くらいに生まれた人は毎年、年収の17%を老後に回さないといけない。さらに2000年くらいに生まれた人は毎年、年収の30%程度を老後のために保持しておかないといけなくなる。ちなみに、1940年程度に生まれた人は年収の4%を貯金すれば達成できていた目標だ。

なぜこれほどの乖離が生まれるのか。原因は様々あるが、大きくは「寿命が延びる」「年齢別人口分布が崩れる」の2つだろう。


前者の「寿命が延びる」は言わずもがなだ。しかも多くの人が認識しているよりも平均寿命というのは長くなっている。なぜなら、政府などが公表する寿命はいわゆる「ピリオド平均寿命」というやつであり、簡単に言ってしまえば「控えめ、シンプルで堅実な計算方法」だからだ。一方、科学の世界などで使われる「コホート寿命」では、2000年に生まれる人はすでに半分以上が100歳を越える、と試算されている。

(ピリオド平均寿命は「生まれた時点でその人の寿命が固定される考え方」で、コホート平均寿命は「生まれてからも科学の進化や環境の変化に応じて寿命が計算され直される考え方」と思ってくれればいい。)

平均寿命はおおよそ10年に2〜3年延びるし、その比率は衰えを見せない。1940年生まれでは老後期間を10年くらいと見積もればよかった。ところが1970年生まれだと老後期間は20年、2000年生まれに至ると35年以上だ。生きる期間が倍になれば、単純計算しても老後資金は倍必要になる。


それに加えて、年齢別人口分布も変化している。簡単に言えば「引退者」が増え「労働従事者」が減っているのだ。これは少子高齢化という言葉を聞き飽きている人なら誰もが想像つくだろう。実際、老年従属人口指数……という、「何人で何人の老年者を支えなければいけないのか」ということがわかる指数でも、老年者が増加する一方であることは簡単にわかる

結論から言うと、1940年ごろには10人で1人の老年者を支えればよかった。これが今ではすでに10人で4〜5人になっており、2050年ごろには10人で7人を支えなければいけない……という予測がされている(予測者によっては10人で10人……つまり各々が1人の老年者を支えないといけない、としている人もいる)。

以上から、LIFE SHIFTでは「公的年金は2000年生まれの人はまずもらえない」とされている。構造的に非現実的だからだ。ここ最近の政府の動きを見ても、65歳に年金をもらうことはできないだろうと私は思う。

さらに、公的ではない私的年金……その中でも過去には大きな意味のあった「企業年金」については、1970年生まれの人ですらもらえないと予測している。2000年に入った頃から企業年金をやめている企業や新規受付を停止している企業が続出している点、そして企業の寿命が年々短くなっている点などからだ。

つまるところ、1940年生まれの人は、公的年金と企業年金の援助を受け、大体老後資金の1/3を確保すればよかった。ところが1970年生まれの人は企業年金がなくなり、老後資金の2/3を、2000年生まれの人は全てを自分で確保しなければいけない。


こういった背景を考慮した結果が、17%、31%という試算結果だ。もちろんあくまで試算だからこれをどう捉えるかはその人次第だが、私は「確かにそうだな」と思った。

長くなったので続きはまた今度にしようと思う。