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Stay Gold, Ponyboy.

「人喰いの大鷲トリコ」の感想とICOシリーズ体験のハナシ。

まいど、イオリンでござい。

先日、「人喰いの大鷲トリコ」というゲームをクリアした。

引用元: 人喰いの大鷲トリコ | プレイステーション® オフィシャルサイト

この「人喰いの大鷲トリコ」は私がずーっと楽しみにしていたゲームだ。これは、「ICOシリーズ」という、ゲーム業界でも希有な存在感を放つシリーズの最新作。上田文人さんという方がディレクターとして開発している。

ICOシリーズのゲームは、これまでに「ICO」と「ワンダと巨像」の2つ。どちらも「知る人ぞ知る」という感じだけれども、ゲーム好きな人だったら「ワンダと巨像」は知っているかも知れない。「最後の一撃は切ない」というキャッチフレーズと独特な雰囲気のあるCMを見た人もいるかも。

実は以前もこのICOシリーズと、「人喰いの大鷲トリコ」について書いたことがある。ちょうど、「人喰いの大鷲トリコ」のティザー映像が公開されたくらいだろうか。その当時で既に5年以上待っていたものだから、とても高揚しながら文章を書いていた記憶がある。

でも、このICOシリーズって実はすんげー言葉にするのが難しい。「ICO」も「ワンダと巨像」も、どちらも言葉にすると陳腐な感じになってしまって、何度も書こうと思っては断念している。とにかく、ゲームを通した「体験」が違う。まるでその作品の主人公が自分に憑依したような気分になる。

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似たような作品として、「風ノ旅ビト」というゲームがある。こちらも独特な雰囲気がある。

引用元: 風ノ旅ビト | プレイステーション® オフィシャルサイト

共通して言えるのは、ゲーム内での説明が最低限で、全てが「ゲーム体験」を通して伝わってくる、ということなんじゃないかな。

比較対象として「FINAL FANTASY XV」で考えてみると、FFXVでは、ゲーム最初のチュートリアルで、世界観の説明を知ることができる。また、序盤のゲーム展開やゲーム中の会話などで世界背景や情勢、主人公が何を成そうとしているのかを知ることができる。正に「ロールプレイ」だと思う。

はたまた、「METAL GEAR SOLID V」でもそうだ。これはミッション前のブリーフィングとして、音声で任務内容とその任務の背景等を聞く事が出来る。更に主人公がどういう背景を持っていてどういう変遷を辿るのかということが、映画級の映像で表現される。

一方、ICOシリーズや「風ノ旅ビト」はそれとは対極に位置する。

「風ノ旅ビト」では、広大な砂漠の上に佇む「旅ビト」から始まる。「旅ビト」を操作できることはコントローラをいじって見てわかるのだけれど、それ以上の説明はない。できることも「移動」と「白い波動(通称ぽわん)」と「風に乗るジャンプ」だけ。ただ遠くのほうに光る山頂が見えるので、それを目指してみる。

引用元: 風ノ旅ビト | プレイステーション® オフィシャルサイト

そのうちに、遺跡のようなモノが視界に入るのでそこへ向かったり、白い何かを手に入れて風に乗る力をちょっぴり上げたり、風に舞う布の力を借りて遺跡の中を進んでいったりする。ただ、旅ビトは白い波動を発するときの「ぽわん」という音以外に全く声は出さないし、ムービーの中にも言葉、文字は全くない。

実はこのゲーム、旅をしている道中に、他のプレイヤーとインターネットを通して遭遇することがある。砂漠やら遺跡やら雪原やらを走る中で、遠くに自分と同じ姿をした「旅ビト」と出会うことがある。でも、それも説明はない。最初、私はそれが別のプレイヤーとは気付かなかった。

ただ、そんな全く説明のない中だからこそ、山を目指して旅をしているうちに、気付けば自分が「旅ビト」になっていた。ゲームの中だけれども、間違いなく「私が」綺麗な景色に感動したり、吹き荒ぶ吹雪を一生懸命進んだり、遺跡に残された壁絵を見て歴史を想像したり、した。まるで自分が「旅ビト」になったかのように。

引用元: 風ノ旅ビト | プレイステーション® オフィシャルサイト

そう感じられるこのゲームは、まさしく「体験」だったと思う。

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なんか風ノ旅ビトの説明が長くなったけれども、これまだ前置きだからね。

さて、ICOシリーズも同じでね。

「ICO」では、目が覚めたら、自分が遺跡の中にいて、彷徨っているうちに囚われている少女を見つける。言葉は交わせないけど、何となく助けて一緒に脱出を目指すようになって。その中で少女と一緒に遺跡を越えていくうちに、最初は戸惑っていた少女も徐々に身振り手振りで手がかりを伝えてくれたりするようになり、こっちも少女との絆を感じられるようになる。

引用元: ICO | プレイステーション® オフィシャルサイト

「ワンダと巨像」も、「死んでしまった恋人を生き返らせるために魔人と契約して巨像殺しの禁忌を犯す」ということだけは魔人との会話でわかるが、それだけだ。魔人が何者なのか、巨像がなぜ存在するのか、等の説明は最後まで無い。恋人がなぜ死んでしまったのかも分からない。

ただ魔人に言われるがままに、生き物がほとんどいない広大な土地を馬で駆け回り、巨像を探して彷徨う。そして自分の何十倍もの大きさを誇る「巨像」に最初は畏怖を抱いていたものの、満身創痍になりながらも何体か倒すうちにいつしか、物怖じせずに巨像に立ち向かえるようになっていく。その中で、「主人公ワンダ」と「私」の鬼気・狂気がシンクロしていく。

引用元: ワンダと巨像 | プレイステーション® オフィシャルサイト

そして最新作「人喰いの大鷲トリコ」。

「人喰いの大鷲トリコ」では、谷の遺跡の中で目を覚ました少年が、その近くで囚われている人喰いの大鷲「トリコ」と一緒に脱出を目指す。ただ、そこでも最初は説明がない。自分がなぜそんなところにいるのか、人喰いと呼ばれる「トリコ」がなぜ囚われているのか。

ただ、トリコの身体には槍が刺さっていて苦しんでいるので、とりあえずその槍を抜いてあげる。そして近くにあった餌を運んであげ、首輪も外してあげる。そうするうちに、最初は警戒して攻撃してきていたトリコが警戒を解き始める。

首輪を外したところでトリコがその場所から移動するので、とりあえず自分も脱出するためにトリコについていく。そうして、時にはトリコを助けたり、トリコの力を借りたりするうちに、素っ気なかったトリコが自分に懐き始める。そして、少年はトリコと一緒に、谷からの脱出を目指す。

引用元: 人喰いの大鷲トリコ | プレイステーション® オフィシャルサイト

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今回はこのトリコがすごい可愛くってね。いや最初はマジで怖いんだけどさ。でも、いつの間にかすんげー懐いてくれるようになって、そこからがすごい可愛い。呼ぶとこっちを見つめてくれるし、撫でてあげると嬉しそうにするし、自分が見えないと寂しそうな声で鳴くし、でも、なかなか言うこと聞いてくれない時とか自由に動き回る時もあって。

トリコへの指示も、明確になんかあるわけじゃなくて、「呼びかけながら動くと、トリコもその真似をするぞ」ってことが分かってくるだけで。呼びながらジャンプしたり歩く素振りをしてみたりすると、それを真似て動いてくれる。でも、「あぁっ、違う、そっちじゃない、ごめん!」ってなったり「あぁっ、ごめんそうだよね、そうしちゃうよね!」ってなったり。なんだ、可愛い。

引用元: 人喰いの大鷲トリコ | プレイステーション® オフィシャルサイト

普通ゲームで馬を操作したり仲間に指示出したりする時って、思った指示と違うことされたらイライラするはずだよね。でもトリコはもう「生き物」だから。全然イライラしない。犬やら猫やらと接しているのと同じような気分なんだよね。「あぁっ、そっか、ちくしょうっ」みたいな。

自分しか進めない場所とかあっても、トリコは一生懸命ついてこようとしてくれたり、自分が敵(遺跡内にいる謎のヨロイ)に襲われていると、これでもかっ!ってくらいブチ切れて蹴散らしてくれる。プレイ中、何度も「なんて良い子なんだ…」と何度も言っていた。ペット自慢するかのようにトリコ自慢が出てくる。ははは。

引用元: 人喰いの大鷲トリコ | プレイステーション® オフィシャルサイト

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今回のトリコは、他のICOシリーズに漏れず、「何でなんだろう」って考えられる要素がいっぱいあった。なぜトリコは「人喰い」をするのか(エサは人じゃない。)。なぜ主人公は「ヨロイ」に狙われるのか。なぜこのトリコは鎖に繋がれていたのか。そもそもこの谷と遺跡、そして大鷲の関係はなんなのか。

「ICO」も「ワンダと巨像」もこーいう謎が尽きず、ネット上で色々な考察が流れた。「ICO」に至っては、作家、宮部みゆきさんが小説として書き上げてしまった(公式小説だけど正史設定ではない)。このトリコもいろーんな謎が渦巻いていて、それを考えるのも1つの楽しみだ。

ただ、それ以上に今回は、「トリコとの絆」の部分がとっても丁寧に作り上げられていた。トリコの動きはまさしく「生き物」だった。これまでも「人と人外で一緒に進んでいく」というタイプのゲームはあったけれど、トリコほど絆を感じられた人外はいなかったと思う。

引用元: 人喰いの大鷲トリコ | プレイステーション® オフィシャルサイト

そもそも「トリコと一緒に脱出」って上述したけれど、トリコは最初のほうは別に谷から脱出なんてしようと思ってなかったと思うんだよね。ただ、トリコにもどこか目指す場所があって、途中までたまたま一緒だっただけだったように思う。それがいつの間にか、少年に付いていきたがるようになり、少年=私もトリコと一緒に外に出たくなるようになった、と。この流れが完璧だった。

あと、随所に鏤められた「生き物感」も良かった。少年が騒がしくしているとこっちを見たり、前に歩きながらもよそ見したり、トリコの身体をよじ登っていると、それが終わるまで待ってくれたり、狭いところを歩くときに足元を見て少年を見てを繰り返したり…そういう細かいところの配慮がすごく詰め込まれていて、それが「トリコ」という生き物を存在させているんだな、と感じる。

引用元: 『人喰いの大鷲トリコ』紹介映像 – YouTube
引用元: 『人喰いの大鷲トリコ』紹介映像 – YouTube

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公式サイトを見れば、早くも次回作の欠片が見てとれる。前作「ワンダと巨像」から「人喰いの大鷲トリコ」まで10年かかっているから次もそのくらいかかるかもしれないけれど、上田さんは「もっと早く作りたい」って言っているんだよね。「作り込む過程で長くなってしまったが望ましくない」って。だから、数年以内に出るのかもしれない。でも、やっぱり作り込んで10年かかるのかもしれない。

それても、ワンダと巨像から10年、再び現れた「ICOシリーズ」は、変わらずに感動と衝撃を私にくれた。だからいつまでも待てる。次回作を楽しみにしながら、トリコと遊んでいようと思う。

長くなっちゃった。

ばいびー☆

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