100点1個よりも70点2個のほうがずっと偉いってハナシ。

最近、仕事をしていて思うのが、ほとんどの物事において「100点よりも70〜80点のほうが大事だよな」ということだ。

普段、仕事をしながら色んなことを考えているんだけれど、変に忙しくなっている現場では、「100点」を目指しているせいで過度な仕事量になっている場合が多いように思う。ある方面で100点を目指したばっかりに、他のところで50点をとってしまってさぁ大変!みたいなのをよく見る。

基本的に、100点に近づけば近づくほど、良い点数をとるのが難しくて大変なことになるわけさ。50点から80点をとるのと、80点〜90点をとるのと、どっちが大変かって言うと絶対後者なのさ。ましてや100点なんて気が遠くなるほどの労力が必要になる。

でも実は、最低限の目標を達成するラインって60点とか70点くらいなんだよな。人間がやる仕事で「100点」ってまずあり得ないし、実際はどんだけ頑張っても80点くらいが現実的なラインでさ。仕事する方も「70点とればまぁOKだろ」っつって終わらせて、仕事してもらう側も「大体70点くらいのモノがくれば合格かな」くらいでちょうど良いんだよ。

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それに、実際の採点基準って1つの尺度じゃないでしょ。カフェだったら「接客」「開店時間」「珈琲の品質」「値段」「店内の雰囲気」とか色々な尺度がある。そこで、全部の尺度で100点取るなんて絶対無理。それはまぁ分かってるとして、そもそも1つの尺度でも100点を取るのが難しいわけさ。分かりやすく言えば、「珈琲の品質」で100点を目指すと「値段」は50点くらいになるでしょ。

だから大事なのは、「とりあえずは全部の尺度で70点目指して、その上で一個だけ75点にする」とか「1つだけ80点にする代わりに他の1つを60点で妥協しよう」とか、そーいう落とし所を探ることじゃないかな。もちろん、仕事をしてもらう側としっかり話し合ってね。

要はこの落とし所を探る、って概念が成熟してねーんじゃないかな。

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こーいうこと言うと「それじゃ社会がまわらない!ミスや不具合を許容しろってのか!」みたいなことを言う人いるんだけど、その通りです。ミスや不具合は「起こるモノ」だという認識から始めましょう。

そもそも、ミスを許さないばっかりに楽しい人生を犠牲にしてる人が1人でも出てる時点で、それは「まわってる」とは言えないよね。誰かの人生単位の犠牲が前提になってる時点でその仕組みは破綻してるでしょ。「70点の成果」と「誰かの不幸」、どっちを許容するのか、ってハナシです。

それに何度も言ってるけれどさ、「100点の成果」って絶対無理だから。「90点」すらほぼあり得ないから、それを前提にしてる時点でそのシステムは非現実的すぎ。「70点の成果でもまわる仕組み」を考えないといけないよ。

実際、電車は遅延するし飛行機も運行休止する。自然災害で完全にストップする商売が大量にある。それでも生きてるじゃん。まわるじゃん。だから、もっと色んなところで「70点の落としどころ」を探る努力をしてもいいと思うよ。

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あと余談だけれど、実際に世の中で散見される「超・高得点の仕事」の多くは、「やったほうが良いこと」をすることで失点をカバーする「オマケ得点」とも言うべきよーなモノによって構成されてます。「24時間対応する」「接待飲み会をする」「追加商品を無償で提供する」などなど。

これ自体は良いんだけれども、いつの間にか「やったほうが良いこと」が「やらなければいけないこと」に転じていることも多くって。「普通はこれくらいはサービスするんだ」みたいなね。これはいけない。「やったほうが良いこと」は「やらなくても良いこと」なので、余裕がある時だけやればいい。

「やったほうが良いこと」に雁字搦めになって破綻しているような仕事もよく見かけます。倒れるくらいなら割り切ってしまおう。

ばいびー☆

以前泊まった面白宿。また泊まりたい。

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