結局やりたいことしかできないんだよな、私たちは。ってハナシ。

まいど、イオリンでござい。

さて。

友人と時々「やりたいことはあるか」みたいなハナシになるんだけれども、私は「やりたいことありすぎ!」って思う人間なのね。列挙すれば湯水のごとく出てくる。でも、いろんな人に聞いても、「やりたいことありすぎ」って人は少ない気がする。

私にとって「やりたいこと」ってすんごいハードルが低いというか。大層なこととして捉えてないんだよね。強い理由や欲望があるわけじゃなくて、ただ「やってみたいな」と感じるから、やりたいこととして挙げてる。

例えば最近やってみたいことに「作詞」がある。でも、なんでやりたいかと聞かれても困るよね。根源にあるのは「楽しそうだから」だけだから。

もちろん言葉をつけたそうと思ったらいくらでも付け足せるよ。こんな感じで。

私はもともと「伝えること」が好きでさ。ブログとかも「伝えること」に喜びを感じるんだよね。でもブログで伝えられるのは情報とか論理とかが強いと私は思ってるのね。少なくともこの「イオリン手記」に関しては、「情報」や「論理」を伝えることに特化したデザインや文体になってると思う。私が「この映画を見て、とても素敵で」と書いても、「イオリンがその映画を見てこう感じた」という情報としてしか伝わらないわけ。

でも、わたしが伝えたいことには、情感、情景とかもあってさ。故郷の西の空に落ちる夕焼けを見たときの感じとか、帰りの電車で疲れたサラリーマンの背中の感じとか、野球部の少年の帰り道の感じとか。で、そーいうのを「日本語」を使って伝えるためには、「詩」じゃないかな、と思う。「詩を書く」っていうとなんか小馬鹿にする人もいるけど、詩ってとても素敵なものだと思うんだよね。

私の好きな詩に、まぁ有名だと思うけど「おれはかまきり」ってのがあって。まず作詞者の名前が「かまきり りゅうじ」だし、始まりは「おう 夏だぜ おれはげんきだぜ」だしでインパクトがめちゃくちゃあると思うんだけど、この詩ってなんというか、すごい情感を伝えてくる詩だと思うのさ。夏の暑さと無邪気な力強さと、ちょっと肩の力抜けた感じと…。これすごいことなんだよ。写真でも映画でも、これほどの情感を伝えてくるものってなかなかないでしょ。

別にかまきりりゅうじのような詩を書きたいわけでもなくって、ただ色んな情感を伝えるために詩ってものをどう使えるか、詩を通して私が表現したいことがうまく表現できるんじゃないか、と思うんだよね。

ちなみに執筆時点でこのブログのサブタイトルは「ほらほら、クジラが空を飛んでいるよ!」にしてるけれども、これもどーにか情景を伝えられないかなぁ、と悩んでいろんなフレーズを考えているのです。無垢な感じとか見過ごしそうで見過ごせない違和感とか…どんだけ伝わってるかは知らないけどね。

とまぁ、私が作詞をしたい理由を言語化することはできる。でもね。これって結局私が、自分の考えを言語化することに長けているから言葉として表現できるだけでさ。この長い文章を一言にまとめれば「やると楽しそうだから」になるわけ。

やりたいことの理由なんてそれだけでいいし、もっと言えば「理由なんてないよ」「ただやりたいんだよ」でいいと思う。だって、「やりたいこと」聞いてんだから。具体的な理由を言語化するのなんて、暇なときにやればいいよ。

〜〜〜〜

というか人間なんて結局、やりたいことしかできないとも思うんだよね。愚痴を言おうが文句を言おうが不満を感じようが、自分が「こっちがいい」って思って選択した結果が人生なんだから。

もちろん、選択肢が少ない場面も往々にしてある。というか、油断すると選択肢は少なくなるよね。知識や準備を怠れば選択肢は持てなくなるし、誰かの意思によって選択肢を奪われたり特定の選択肢だけ輝いて見えるように洗脳されたり、なんてことは往々にしてある。だからこそ精一杯生きなきゃいけないんだけれども。

まぁでも与えられた選択肢の中で自由なのが人生だから、そういう視点で言えば、人はやりたいことしかできない、と言えるんじゃねーかな。

この結論って、私が「人生に意味も理由も与えられていない」って思ってるから行き着くとこだと思うけどね。意味も理由もないってことは何やっても自由だってことだし、何にも強制されていないってことじゃん。

だから、変化のない日々を生きてる人は変化のない日々を生きたいんだし、休日を自堕落に過ごして後悔するような人は、休日を自堕落に過ごして後悔したいんだと思う。それでいいと思う。やりたいことが明るい必要はないし崇高である必要もないから。ただ毎日笑って過ごせるなら、それでいいんじゃない?

変に「やりたいこと」に意味を求めなくても良いと思う。意味を求めて否定することがやりたいなら、好きにしたらいーけどね。

ばいびー★

なんでもない街の風景。

なんでもない街の風景。