「対等」という関係性が崩れればもう健全な仕事はできないよ、ってハナシ。

まいど、いおりんでござい。

私は親父と兄が歯医者をやっているが、兄は酔っぱらうと愚痴がスゴイ。

すんげーざっくり言えば、「患者が偉そう過ぎて本当イヤ」かつ「患者に逆らうのを医院に止められている」ということらしい。あぁ、それは嫌だよなぁ、と私も思う。

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患者が「お前お金払ってんねやから、さっさと治せや」といった態度で来る、みたいなハナシは家族柄か、良く聞く。ここまで過激じゃなくても、患者が「治してもらうのが当然」といった態度でいるハナシは珍しくない。

お医者・患者に問わず、「仕事をする側=お店」と「対価を支払う側=お客」との間は常に対等である、という商取引において当然の法則が無視されるようなことはとっても多い。

もちろん、「お客様は神様である」とお店側が思って、お客さんを尊敬の気持ち-beを持ってサービスを行うことはとっても大事だ。それこそがお客さんの幸せに繋がり、仕事の完成度にも大きく左右するはず。そもそも人間ってのは「誰かに喜んでもらう」ことで幸せを感じられるような生き物だしね。

でもね、それで調子づいてお客側が、お店側を見下すようじゃダメだよな。むしろお客側もお店に対して尊敬の念を返さないと、健全な商取引は生まれない。「お仕事をしてくれてありがとう」と思えないとダメだよ。

もちろん逆も同じで、お店側がお客をナメていたら、良い仕事はできない。当たり前だよね。ナメてる相手に対して良い仕事をしようなんて誰も思わないから。

基本的には、相手をナメちゃダメだ。文字にすると当たり前すぎて笑けてくるけど、いざ仕事や商取引の場になると、相手をナメてかかる人は大量にいる気がする。

基本的に、お店側もお客側も、相手を尊敬しつつ、立場は対等でないとダメ。

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私はどんな人とでも仕事をする以上は「対等」であろうと思っている。相手がどれだけ偉大な方でも、それだけ巨大な組織でも、どれだけ未熟な新人でも、仕事をする以上は対等だ。尊敬の念を持って当たると同時に、絶対自分を卑下しないし、尊大な態度もとらない。

なぜなら、この「対等な立場」というものが崩れると、途端に仕事が歪むからだ。市場や価値以外の変なモノが台頭してくる。だから、「対等な立場」というのは、健全な仕事、健全な商取引には欠かせないモノだと感じている。

私の兄に取り巻く歪みは、兄と兄のお客さん側とが対等になれていないこと、そして、兄と兄の上司が対等でないことが大きな要員であると思う。

勘違いされがちなことだけれど、会社と社員、上司と部下も、立場は対等だ。会社と社員とは雇用契約で結ばれた契約同士の仲でしかないし、上司と部下も「上」「下」という単語が複雑にしているけれども結局は役職の違いでしかない。立場は対等だ。

ここのところを勘違いしている人は多い。大多数が、「上司に逆らっては行けない」「会社に逆らってはいけない」と思って、結局ガマンするしかない、泣き寝入りするしかない、クソみたいな事態に陥っているよね。

でも、実際は逆らっていいんだよ。会社が間違っていると思えば社員は訴えていいし、上司が間違っているなら部下が糾していい。それが許されないと社員側・部下側が思うなら、それはもう健全な仲、健全な仕事とは言えないよね。

ニッポンは上下関係に五月蝿い文化なのでこの辺が特に勘違いされている気がする。

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キチンとした仕事をするなら、自分を卑下するのも、尊大な態度をとるのもダメだ。そんなことしても、結局どん詰まりに行き着くだけだよ。普段どう思おうが勝手だけれど、仕事するならキチンとしなきゃ。

ばいびー☆

何も考えず和歌山を散歩したあの頃。

何も考えず和歌山を散歩したあの頃。