人間も一定の法則に従うタダの動物だから、その法則を刺激すればいいってハナシ。
まいど、いおりんでござい。
私は何か企画を考えるとき、無意識のうちに「人間」をただの動物として見ている。
実際に人間として自意識を持っていきていると、さも人間だけが他の動物と一線を画す生命体であるかのように思えてくる。人間だけが「自意識」を持ち、「明晰な頭脳」を持っているのだと思いたくなってくる。
けれども、実のところ、人間をそこまで特別扱いをする必要はない。結局人間も遺伝子や五感などによって決められたメソッドを実行するだけの動物の一種でしかないんだよ。
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人間に対するモノだけ高尚である、なんてのは幻想だよ。映画を作るのもお笑いを作るのも誰かに何かを呼びかけるのにも、全部「メソッド」が存在する。それは「犬のお腹をなでると喜ぶ」とか「猫の目前にねこじゃらしをちらつかせると飛び付く」とか、そーいうのと同じ類のモノだ。
例えば人間に怒鳴りながら殴りかかれば、向こうは当然逃げるか反撃態勢に入るよね。これは単純に「攻撃してくるモノは排除する」という動物的な生存機能が働いただけでしかない。「殴られたら痛いから」とかは後付けの理由であって、実際に殴りかかられた人間はそんなこと考えていない。
もっと身近なハナシをすれば、砂糖を舌につければ、「甘い」と感じるよね。これはなぜかと言えば、「人間の舌がそう反応するから」でしかない。ここで「これは甘くない、これは甘くない、これは甘くない…」と頭で念じ続けても、いざ舌に砂糖をつければ「…ちくしょう!甘い!」となるはずだ。
結局、人間も他の動物と変わらない。内蔵とか細胞とか遺伝子とか、そーいう「歯車」が組み合わさってできた有機的マシーンでしかない。だから、「○○すれば××する」というメソッドは絶対存在する。
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だから、何かを成し遂げるときに重要なのは、「人間のメソッドを刺激する」というところだと思う。人に影響を与えられるかどうかの大半は「メソッド」によって決定する。
映画監督が「私の映画が売れないのは観る人の感性が乏しいから」とか言っても言い訳でしかないでしょ。人間という動物が食いつくような映画の作り方をしていないだけです。犬を蹴飛ばしといて「あの犬はワシには全然懐きよらん!」とか言うてるよーなもんだ。
逆に言えば、メソッドに乗っ取れば人に影響を与えることは必ずできる、とも言えるよね。問題は、「人間のメソッドは複雑怪奇」というところだけれども、メソッドが無いわけじゃない。
むしろ色んな専門家が色んな人間のメソッドを解き明かしている。お笑い養成学校では人にウケるメソッドを、心理学では人の心の動きのメソッドを、マーケティング学校では人が市場原理に基づいて動く挙動のメソッドを、それぞれ解き明かして説いているはず。
だから、あなたが何かを成し遂げたいときは、とにかく「メソッド」を調べればいいと思う。その上で試行錯誤とトライ&エラーを繰り返していけば、「あなただけが知るメソッド」が見つかるんじゃねーかな。
ばいびー☆