あげることは楽しい、ってハナシ。
まいど、いおりんでござい。
3月14日にホワイトデーがあった、ということで、今週は「ホワイトデー週間」を自分に課して、女性と会うことがある日には何かしが粗品をプレゼントしています。
私、こーいう「深い意味のないプレゼント」が結構好きなんだよね。学生の頃、11月11日にポッキーを知り合いに渡して回ったりとか、社会人なりたての頃は友人に会う時に無条件でスカイツリーで買ったお菓子をあげたりとか、なんかそーいうことをしてた。
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見落としがちなことなんだけれど、「あげること」はそれだけで楽しいんだよね。
別に意味なんてあんまりなくていいんだよ。ホワイトデーとかバレンタインデーとかバースデーとかそんなのはどーでもよくって。ただ、「そーだ、なんかプレゼントしちゃお」って思い立てば、もうそれがきっかけでいいわけ。
逆に言えば、気分が乗らなければホワイトデーもバレンタインデーもバースデーも、何もあげなくて良いと私は思っている。「あげること」は楽しいけど、「あげなければいけないこと」はすんげーつまんないからね。
下手にプレゼントに意味を持たせるとなんか窮屈じゃん。変な不安とかセオリーとか考え過ぎちゃって、なんか義務感が出る。そーなるともはやプレゼントじゃなくて貢ぎ物だろ。そんなプレゼントならやめといたほうがいい。
そーいう諸々を取っ払った自由なプレゼントなら、何でも選び放題だからね。普段行かないような高級店やケーキ屋さんとかを覗いたり、ギフトショップの店員さんと話したりできる。自分が楽しいと思うプレゼント選びができる。それはとても刺激があって面白いことだよ。
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深い意味なく誰かに何かをあげられることって、心にゆとりがないと中々できないからね。だから、そーいうことができているかどーか、っていうのが、一種の日々のバロメータになる。
さっき、「気分が乗らなければ記念日だろーが何もプレゼントしなくていーだろ」と言ったけど、例えば好きな人の誕生日に気分が乗らないなら、なんかがうまく回ってないことだと思うよ。
ばいびー☆