頭オカシイのが人間である証拠、ってハナシ〜スガシカオさんのアルバム「THE LAST」を聞いて〜

まいど、いおりんでござい。

ちょっと前にスガシカオさんがアルバム「THE LAST」をリリースした。

スガシカオさんは本当に芸術家気質を持ったミュージシャンでね。この「THE LAST」も、相当に自分自身と向き合ったであろうと思う。その結果、J-POPでもFUNKでもROCKでもない、まさに「剥き出しのスガシカオ」というキャッチコピーに相応しいアルバムとなっている。

私は、一般的に知られるスガシカオさんよりも、J-POPから離れたところにいるスガシカオさんのほうが好きなので、このアルバムは本当に楽しいモノだ。

タイトルだけでも楽しめる。「あなたひとりだけ 幸せになることは 許されないのよ」「青春のホルマリン漬け」とか、その日本語センスに脱帽する。

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さて。

この「THE LAST」はなんというか、一種の狂気があふれ出ていると思う。

例えばこのアルバムの中の、「おれ、やっぱ月に帰るわ」という曲なんかは、人間社会の…というより人間が持つ狂気を上手く表現していると思う。冒頭は何気ない日常の風景から始まる。けれども、サビに行くにつれて狂気が滲み出てきて、最後には「月に帰るわ」と言い出す。

君に貸した3DS、返さなくてもいいよ
がんばってきた今週のテスト、受かるといいね

君の願いが叶うように、他の子の夢は燃やしとくよ

(中略)

おれ、やっぱ明日、月に帰るわ
ビルの屋上から
おれ、なんかちょっと居場所もないし
いろいろごめんね

引用元: おれ、やっぱ月に帰るわ / スガシカオ

私はね、人間ってどこか狂気に満ちていると思うのさ。それは否定的な意味じゃなくて、人間のステータスとして狂気があると思う。犬の特徴が嗅覚であるかのように、人間の特徴は狂気だと思うんだ。

人間社会ってのもイカれてるし、常識と呼ばれているモノだってイカれてる。なんでみんな、欲しいモノを手に入れるためにお金なんて使っているの?なんで毎朝みんな決まった時間に仕事に行くの?なんで自分を犠牲にしてまで何か大きなことを成し遂げようとするの?なんで言葉に裏の意図を含ませたり相手の意図を変に類推したりすんの?

例えば野生の猿とかはさ。まぁ勿論、彼等の猿山社会も色々あるけれど、基本的には単純じゃん。強いものが上に立つ。勝ち負けが上下関係に直結して、それを繰り返してただその瞬間を形成している。「生きる」ために生きてるじゃん。

でも人間は違うでしょ。

その結果、地球全土にわたって超複雑な構造物を構築したり、自分たちの身体をいじって異常を治したり、世界の構造を追い求めて宇宙に飛び出たり。もう頭オカしいでしょ。狂気のカタマリじゃん。

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以前本で読んだんだけど、ある自殺した児童は、遺書にこう書き記したという。

「オシバイ、バイバイ」

この、人生を「オシバイ」と例える気持ちが私にはとってもよく分かる。物心ついた時から人間社会に放り込まれて、そこで私たちはずーっとオシバイを続けているわけだ。狂気でしょ。

それでも、人間が狂気を含んでいるから愛を感じたり友情を感じたり達成感を感じたり幸せを感じたりするHAPPYな種族足り得るんだとも思っている。だから、自然回帰的なことは思わない。人間は基本的に頭オカしい。だからいーんでしょ、と。

だから、私は精一杯演技をするのです。だって、そのほうが楽しいから。

ばいびー☆

自然はオシバイとは無縁だから癒されるのかもね。

自然はオシバイとは無縁だから癒されるのかもね。