「なりたいもの」ではなくて「やりたいもの」を目指そう、ってハナシ。

まいど、いおりんでござい。今日は下記ページを見て。

参考: 岩瀬さんにインターンを申し込んで、名刺整理をやらされブチ切れた学生のメンタリティをみて、本当にさいきんよく観察される典型的な意識の高い(笑)学生そのものだと思いましたので、もう一度その特徴を書いておきます。

これ、本当「なるほど!」って感じですね。本当に熱意のある方と、「意識高い系」などと揶揄される方との違いに何があるのかなー、と普段から考えていたんだけれど、それがうまく言及されていて気持ち良い。特に気持ち良いのは下記の部分。

「将来の夢は起業することです」

こういうひとが、滑稽に映るのは、起業が数値目標ではなく、あこがれ状態だからだ。

憧れ状態を、目標と言ってしまうから、こういう人たちは滑稽に映るのである。

参考: 岩瀬さんにインターンを申し込んで、名刺整理をやらされブチ切れた学生のメンタリティをみて、本当にさいきんよく観察される典型的な意識の高い(笑)学生そのものだと思いましたので、もう一度その特徴を書いておきます。

手段の目的化に似ているけれど、多くの「意識高い系」と呼ばれる人たちは、この「状態と目標の混同」を引き起こしており、それが混同を起こしていない人間からすると滑稽に映ってしまう、ってわけだ。

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起業するだとか、社長になるだとか、他にも色んな肩書きを夢にかかげている人はいる。でも重要なのは何になるかではなく、何を為したいかだよ。肩書きは、あなたが何かを為した結果得られるものだ。起業家が起業するんじゃない。起業したから、起業家と呼ばれるんだよ。

「意識高い系」などと揶揄される人たちは夢や目標とする肩書きについては悠長に語るけれど、「その肩書きを得ているあなたは何をしているんだ?」っていうところをつっつくと何も出てこない。なぜ社長になりたいのか。

言ってしまえば、「なんか社長の自分ってかっこよくない?」とか、そーいうことなんだろーな、と考える。

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私は今でこそフリーランスという型にあるけれど、自分のことを「フリーランス」なんて言うのはあんまり好きじゃない。自分自身で宣言した覚えもない。ただ、会社に所属せずに生きていくために仕事を頂いているだけだよ。

そしてそれは全てに対して言えることだ。プログラマとかエンジニアになりたかったのではなく、ただ頂ける仕事、やっている仕事がプログラミングであり、エンジニアリングだっただけだ。そして、これからもそうだ。私はやりたいことに事欠かないけれど、なりたいものはあんまりない。というか「なりたいもの」は結果でしかないからね。

だから、夢や目標をテーマとしたとき、「なりたいもの」を語り出すことにめちゃめちゃ違和感を感じるんだよ。「いやいや、それになって何がやりたいんだよ」って思うから。そして、「なりたいもの」を掲げている人は決して少なくないと思う。

まー、義務教育や就職活動とかで大人が子どもに聞くのはいっつも「なりたいもの」だから、それを掲げたくなるのもわかるんだけどさ。

今日はこの辺で。ばいびー☆

昔の人の技巧はすごいですね。

昔の人の技巧はすごいですね。