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Stay Gold, Ponyboy.

明るすぎる場は暗い人にとっては疲れちゃう、ってハナシ。

まいど、いおりんでござい。

実は鎌倉のシェアハウスを今日限りで出て、来月からは茅ヶ崎のシェアハウスに移り住みます。同じシェアハウスブランド?なので、特に真新しい気持ちとかはないんだけどネ。まーでも、楽しみでござんす。

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さて。

私は、性格自体は今はポジティブだけど、明るいか暗いかで言ったら、めちゃめちゃ暗いです。自分の中のスイッチが入ればめちゃめちゃ喋るし、ラジオに出るときとか喋りの仕事をするときは基本的にスイッチを入れて臨むんだけど、そーじゃない時、つまりスイッチがオフの時は全然喋らない。

それは飲み会とかでもそーで、大勢での飲み会とかで「自分が喋らなくても場が成立する」という場合にはよく、おしゃべりスイッチがオフになってしまって、一言も発さなくなる時がある。別に楽しくないんじゃなくて、「この場は私がいなくても成立するんだな」と思うと喋らなくなる。見てるだけで満足できる。

別に喋りが嫌いなわけじゃないです。実際、「あぁ、なんか喋りたいなー」って思う時もあるし、喋りの仕事はメチャメチャ面白いので大好きです。それに、他人と関わるのも大好き。大学時代なんか、コミュニケーションを生むシステムについて研究してたくらいなんだし。

よーするに、この「根っこが明るいor暗い」ってのは、喋りが好きだとか嫌いだとか、他人が好きかとか、コミュニケーション能力があるとか、そーいうのとは別のハナシなんだと思う。ただ、根っこが明るい人と根っこが暗い人がいる。そして、私は根っこが暗い人間なんだネ。

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根っこが暗い人って、ずーーっと明るい場にいると疲れるんだよね。

ちょっとだったら別に問題ないんだけど、たまに「暗いモード」にならないと疲れちゃう。だから、ずーっと騒いだり、ずーっと誰かと遊んだりし続けると疲れちゃう。

まーでも、それは根っから明るい人にとっても一緒でしょ。彼等も、多分ずーっと暗い場にいるのは耐えられなくて、適度に「明るいモード」になりたくなるんだと思う。ずーっと暗いと「暗すぎるやろ!」って耐えられなくなっちゃう。

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最近、「コミュニティ作り」っていうのがちょいちょい騒がれているよね。私が住んでいるシェアハウスでもそーだし、ゲストハウスでもコミュニティを推しているし、Webメディアだって「これからはコミュニティをつくろう」なんて騒いでる。

そーいうコミュニティ作で目立つのは、「コミュニケーションをしっかりとろう!」とか、「イベント(飲み会とか、BBQとか)を定期的に開催しよう」とか、そーいう明るいモノばっかりなんだよね。

暗い人たちは必ずしも、そーいう明るい事象には惹かれない。スイッチがONになっているときは惹かれるかもしれないけど、長続きはしないし、むしろ食傷気味になって避けてきちゃう。彼等(そして私も)、BBQイベントやるよりも家でゆっくりしたほうがいーや、って思いがちだからネ。

そーいう人はどーいうコミュニティに惹かれるのか、っていうと、「暗いモードでも許されるコミュニティ」なんだよね。

この「許される」っていうのは難しくて、ただ単に「全然大丈夫だよ!」って言ってても、明るいイベントとかが多く開催されていると、なんか暗い人のいるところじゃないな、って感じちゃうし。暗い人も招くコミュニティってほんと難しいと思う。

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まー、「もう暗い人が来なくてもいい!」って決断するのも一つだと思うけどね。そーいう判断しているコミュニティは少なくないと思う。

だからこそ、暗い人も受け入れるコミュニティ作り、ってのはまだ、市場が成熟してないから狙い目な気がするんだけどね。

ばいびー☆

また倉敷に行きたいな、と思ういおりん。
また倉敷に行きたいな、と思ういおりん。

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