マイノリティこそマジョリティ(大衆)を意識しないといけない、ってハナシ。

まいど、いおりんでござい。

先日、なんかAAA級の認定を持つタイ古式マッサージを体験したら、「この腰痛は、小腸大腸が疲れているからだね」って言われました。小腸大腸が疲れていると、背中の筋肉が張りやすくなるそうです。だから、治すためには、朝早起きして散歩orジョギングとかをして、小腸大腸を良くする必要があるそうな。

内蔵と筋肉が影響し合う考え方は西洋医学にはあまりないらしく、「これは、西洋的な整体とかじゃ分からないかもね。私は触れば分かるんだけど」と言われた。

人体って面白いね。

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さて。

私、イオリンは自分自身を「少数派=マイノリティ」な人間だと自覚している。

昔は、「そんな自分が特別だと思うな!」と思ってたんだよ?でも、小中高校と三者面談で「お子さんは独創的な考え方の持ち主で…」ってずーーーっと言われてきたし、大学生になっても社会人になっても、「変なやつ」みたいなポジションに落ち着くからね。さすがに、「あ、私、マイノリティなんだ」って思うよね。

で、そんなマイノリティな私だから、「自分と同じような考え方の人間が大勢いる」なんて考え方は結構前に捨ててる。私が「これめっちゃおもろいやん!」って思うよーなことや、「これが絶対良い!」って思うよーなことがあっても、同じよーなことを他人が思うことはあんまりない、と考えている。

なぜなら、私はマイノリティ側の人間だから。そして、他の多くの人たちはマジョリティ=大衆側にいる人間だから。

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市場原理大好きなイオリンは、「大衆の存在」というのは絶対無視できない。なぜなら規模の大きい市場とは大衆側の市場で、大衆に対して価値を提供できることは、大きな市場価値の提供になるからね。

例えば私の友人には大衆側の考え方をする人もいーっぱいいる。全方面で大衆的な考え方をする人なんていないけど、例えば働き方という面で大衆的な考え方をしている人はいーっぱいいる。そんな人たちに対して、働き方という分野で価値を示すためには、大衆の視点を持つ必要がある。

元々大衆的な人は、自分が良いと思う考えが大衆市場で評価されやすい。しかし、私のようなマイノリティ人間が大衆市場で評価されるためには、自分の考えをそのまま信じてはいけない。大衆はなぜそう考えないのか、大衆はどう考えているのか、という視点を持つ必要がある。

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マイノリティ人間が大衆を理解するのはなかなか難しいんだけどね。だから私は「実際に聞く」ってことをしてる。実際にみんなはどう考えて、私とは違う行動をしているのか。そこには大衆側の論理がしっかりあることが多くて面白い。

マイノリティな考え方を盲信したり、マイノリティな人だけで集まると、大衆市場で価値を提供できない異端集団になるかもしれない。それだけで満足できるならいーけど。

私は、「大衆を理解して、その上でマイノリティな考え方で大衆市場に挑む」というのがすごい価値を生むんじゃないかな、と思ってる。そのほうが楽しーし。

ばいびー☆

大学時代に参加した広報団体は、本当に大衆市場をしっかり意識してました。

大学時代に参加した広報団体は、本当に大衆市場をしっかり意識してました。