民間保険が合理的に有用な場面って相当限られているんじゃないかな、ってハナシ。
まいど、いおりんでござい。
来月、鎌倉からちょっと隣町くらいの茅ヶ崎に引っ越すことにしました。以前ブログにも書いたけれど、「個室が欲しい」「広い寝床が欲しい」という想いからです。
「鎌倉に住んでる」が「鎌倉に住んでた」になるのはちょっぴり惜しいけど、「茅ヶ崎に住んでる」「湘南に住んでる」と言えるならOKかなー、と。茅ヶ崎ってほら、サザンオールスターズに縁あるしね。
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さて。
本日、知人のツテで、生命保険の人のハナシを聞く機会を頂きました。営業…というわけじゃないんだけれど、「保険ってモノを考える土台を知ろう」みたいな。そんな感じです。
例えば、自分が不慮の事故で亡くなった場合にどうなるか…。事故じゃなくて、病気で亡くなった場合は、どーいうリスクがあるのか…とかね。
普段聞けないハナシを聞けるのはすごい面白かったネ。こーいうハナシは大学のセミナーとかでもやっていーんじゃないかなー、何て感じました。
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私、実は個人に付随する民間保険にはほとんど意味がないと考えています。
というのも、ブログでも何回か書いているけれど、将来の出来事に対して過度な計画を立てるべきじゃないと考えているからです。人生をどんなに計画的に活動しても、ある日突然、何かしらの出来事で計画が全部、無駄になっちゃうかもしれない。
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民間保険も同じレベルで、「将来、大きな事故で車椅子生活になったらどーしよう」とか「未知の病にかかってしまって、余命半年になったらどーしよう」っていうのとかは、考えるだけ無駄。本当にそーなったときに初めて考えればそれでいーし、それに備えて今の人生をガマンして過ごすほうがずーっと損なことだと思っている。
例えばガン保険だとか事故の保険だとかを考え始めると、本当に多くのことに備えないといけない。ガン保険に入ったけど、白血病になったらどーすんの?事故両手が吹き飛んでしまったら?それにもあらかじめ備えておくの?事故じゃなくて災害だったら?それも備える?自分じゃなくて子どもが加害者になったら?
一体、どんだけのことに備えておかなきゃいけないの?そのために毎月(毎年)お金をどれだけ吐き出し続ければいいの?
そんな局所的な場面にしか使えない保険を色々用意しておくくらいなら、万能である「現金」を貯めておいたほうがずっといいでしょ。
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私が必要だと考える民間保険は、「15歳未満の子どもがいる場合の生命保険加入」だけです。
要するに、「私が守りたい人が、私がいなくなったら経済的に貧困に陥る」という場合に限り、生命保険は入る価値があると想う。それでも、私が十二分な貯金を持っていれば、その貯金を万が一に備えての貯金として自分で育てていく方法を選ぶけれど…。
もちろん、これは私の勝手な考え方です。逆に「ガンになったらどうしよう」という不安がどうしても拭えない人は、保険に入ることで心に余裕を持つことができるかもしれない。そういう意味ではガン保険など、他の民間保険もとっても有用。
要するに、多くの民間保険は、「心に余裕を持つための商品」なんじゃないかな。本当にリスクマネージメントとして考えるなら民間保険に入るより、現金を自分で貯めておくべきだからね。
(モチロン、支払われる保険金の金額や条件、被保険者の生活形態によっては有用な保険もあります。ただ、現金の汎用性を失わせるような保険が有能な場合はめちゃめちゃレアなんじゃないかなー。)
ばいびー☆