来るかわからない「将来」なんかのために、今持っているお金の価値を下げてどーするの、ってハナシ。

まいど、いおりんでござい〜。

先日、ふと見たテレビ番組で、「公認会計士が小学生に会計について教える試み」についてやっていた。

私自身、フリーランスになって会計的知識が必要になりつつあるので「こーいう取り組みは悪くないなぁ」と思って見ていたんだけど、それを受けた小学生の感想を聞いて強い違和感を覚えた。

*「僕も今日から、将来のためにお金を貯金しようと思いました。」

小学生にこんなことを思わせる教育って、ちょっと怖くない?10歳にも満たない子どもが、将来のために貯金って、意味あるの?そんな子どもにすら「将来が不安だから今のうちにお金を貯めておかないと」とか思わせるって、本当怖い。

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私は、自分が貯金するときって、「何か大きなモノを買うためのお金を貯めるため」がほとんどなんだよね。「良いテレビを買いたいからお金を貯めよう」とかそういう類。私は絶対長期ローンは組みたくないので、例え何を買うにしても貯金からはじめると思う。

あとは、「想定外が起こってもある程度生きていけるように」っていう位置づけだね。“ある程度”を具体的に言うなら、「想定外に対応して生きていけるようになるまで」の期間。ま、数ヶ月ほど不自由なく生きていけるだけの貯金があれば、あとは不要かな、と。

なぜなら、「貯金を使うタイミングまで生きている保証なんてそもそも無い」と思っているから。10年先を見据えて貯金したところで、「その10年先までに不慮の事故にあったら意味ないじゃん」って考えちゃうから、長期を見据えた貯金ができないんだよね。

だから私は、「自分が老後生きるための年金」とかに対してあんまり魅力を感じない[ref年金を払わないかどうかとは別問題です。これについては後日、改めて書こうかな。][/ref]。だって、その老後がちゃんと自分に来るかわかんないじゃん。2015年現在の私にとっては、40年〜50年も先の話だよ?そっから貰い続けるわけだから、下手すりゃ60年近い先も見据えての投資じゃん。そんな先まで生きていけるか分からないし、生きていけそうなら、その時考えればいいじゃん。

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それに、持っているお金の価値は、「今」が一番大きな価値を持っていて、時間が経つごとに価値が減っていくんじゃないかな、とも感じている。

別に通貨としての円の価値のハナシじゃないです。100円を持っていたとして、その100円の価値は不動だと思うか、ってハナシ。私はそうは思えない。その100円の価値は、「それを対価とする何か」によって変わるでしょ。

例えばその100円でジュースを1本買うならば、その100円の価値は「100円」じゃなくて、「ジュース1本」になる。ジュースって、小学生の頃と社会人になってからとで、その価値は全然違うでしょ。これって、ジュースの価値が自分にとって低くなっているのと同時に、100円の価値も自分にとって低くなっているんだよ。

「買えるモノの価値」が自分の中で低くなっていくにつれて、対価であるお金の価値もどんどん減っていくんだよね。そして、それは年齢を重ねるごとに顕著だと思う(より高価なモノを欲するようになる)。後に回せば回すほど、自分にとってお金の価値はどんどん下がっていくんじゃないかな。

「今買いたい!」と思うモノは、5年後、10年後に、あなたに同じ価値を見せてくれるかは分からない(5年間、ずっとめっちゃ欲しいと思っているモノってあんまりないでしょ?)。それなら、なおさら来るかも分からない“将来”なんてモノのために貯金して今もってるお金の価値を下げるよりも、どんどん使っちゃったほうがいいよ。

ばいびー☆

価値というのは時間が経つ毎に変動するものです。

価値というのは時間が経つ毎に変動するものです。