統合失調症闘病記を読んで感じたハナシ。

まいど、いおりんでござい〜。

統合失調症の方が書いた本を読み終えた。「ボクには世界がこう見えていた」という本。

統合失調症について簡単に説明しよう。一昔前まで「精神分裂症」と呼ばれていた疾患で、「認識」に関する脳の機能に障害が発生して現実と妄想の区別がつかなくなってしまったり、幻覚が生じてしまったりする。誇大認識が被害妄想などが発生して日常生活に支障が来してしまう。そんな疾患。

例えばドライブ中、すべての信号で青が続くと、「もしかして私、今日は最高にツイているのかも?」とか思う時あるよね。でも大抵は、心の中で、「んなワケないか。」って無意識に否定してるしょ。統合失調症になると、その無意識な否定がきかなくなるって、「私は神に選ばれているんだ」と確信しちゃったりする(例えば、です)。

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で、「ボクには世界がこう見えていた」では、そんな統合失調症にかかってしまった患者自身が、自分の半生を記した統合失調症体験記。

この書籍の何がすごいかと言うと、「まともな体験記である」という一点につきるね。

先述したとおり、統合失調症っていうのは「認識能力が狂う」っていうのが主な症状なわけ。だから論理が破綻した文章を書いちゃう人がとっても多い。統合失調症患者の書いた文章ってたまに見るけど、「論理が破綻していて、支離滅裂で気味悪い文章」っていうのが多いく、気味悪さだけを伝えてくる文章がとっても多い。

ところがぎっちょん。この書籍では論理の破綻はほとんどない。至極、「まともな体験記」として成立しているんだよね。

その上で、患者が統合失調症にかかってしまった時、どのような認識でいたのかを鮮明に伝えてくる。序盤は筆者の半生を綴っているが、アニメータになり、その後筆者曰く「壊廃」状態になった場面になると、鬼気迫る内容になってくる。乙一さんが書くようなミステリー小説でも読んでいるかのような気分になってくる。

立ち上がると、世界が変わってしまった。空はオレンジ色になり、建物や地面はあやふやで、手や足がそれらを通り抜けてしまうのではないかと感じ、すべてのものが自分への脅威となった。

(中略)

何を思ったか、近くに止まったそば屋のバイクのおかもちを開け、中から数本の割り箸を取り出し、その意味する者を必死で考えた。これも何かの暗号のはずだった。しかし、意味は分からなかった。

引用元: ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記/ 新潮文庫

何も読む本がないなら、とにかくこの本を読んでみると良いと思う。統合失調症は100人に1人が発症すると言われている。こんなレベルで発症するなら、もはやこれは「個性」だと捉えても良いかも知れない。こーいう個性を持つ人がいることを知っておいたほうがいーんじゃないかな。

全ての人にとって、世界は違う顔を見せている、ということを改めて認識させてくれる。

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筆者は知性のある人で、突飛な発想も散見されるけど、「なるほど」と思われる文章もあった。

特に印象的だったのが、「精神病の人は責任能力がないから、残酷な事件でも罪に問われない、というのは、精神病患者の立場を危うくしている」という主張。こんなのがあるから、「精神病患者はみんな社会生活がまともにできない」「精神病患者はみんな殺人事件を起こす危険性がある」と、思われてしまうんだ、と。

残酷な事件の犯人が精神病を患っていたため、「責任能力がなかったため有罪」という結果になる事件があるたび「遺族や被害者の気持ちはどうすればいいのか」という議論が出るけど、精神病患者の方々が「いやいや、しっかり罰してくれよ、私たちと同類にしてくれるなよ」と思っているという事実に衝撃を受けた。

統合失調症である筆者の「私は例え狂っても、少女を殺しなんかしない」という発言はなかなか重い。

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割と読むのに時間がかかっちゃったけれど、とても内容のある一冊だった。私は幸いにも精神病は今はないけれど、身近の人がそーなる可能性は低くない。そう考えると、統合失調症という疾患について理解しておくに越したことはないよね。

ばいびー☆