人生が安定しているからって、愛想が悪くても大丈夫って思ってない?ってハナシ。

まいど、いおりんでござい。住んでいるシェアハウスで早くもいじられキャラとしての位置を確立しつつあります。

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最近、生活していると「日本人ってふてぶてしーな」って思うことがとっても多い。海外で生活したことがないから、「日本人って」なんて言うと大袈裟かもしれないけど、それでも思うことが多い。

コンビニだったりカフェだったりレストランだったりを利用している人のうち、半分くらいの人が「愛想がない」んだよね。

例えば私はスターバックスをとってもよく利用するんだけれど、スターバックスの店員さんって本当良い人たちが多い。笑顔で接してくれるだけで幸せになるし、声のトーンとか、とっさの時の対応の仕方とかで「お客を大事に思っているんだな」ということをヒシヒシと感じる。素晴らしい。

ところがぎっちょん。お客側の中には半分くらいの割合で、店員さんを無視していたり、店員さんに高圧的な態度で接している人がいる。店員さんが「お待たせしました、スターバックス・ラテです」って言って笑顔で渡しているのに、無言で受け取っていたり、「お次、カフェ・モカでお待ちのお客様〜」って言っているのに、当の本人が背中向けて友人と話していたり。

店員さんも、一人の人間なんだよ?話しかけられているんだから、答えるのが人間じゃないの?「お待たせしました」って言われれば「ありがとう」って答えるでしょ。「カフェモカでお待ちのお客様」って呼ばれたら、少なくとも会釈とかするでしょ?

まるで店員さんがいないかの様な接し方をしている人を度々見かけると、「ふてぶてし〜な〜」って思っちゃう。

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所さんが、この「愛想の部分」で興味深いことを言っていました。

いま保険機構がダメになっちゃってるから、みんな慌ててるでしょ? 「お金積んだのに、俺の老後どうしてくれるんだ」とか、「俺の年金どこいっちゃったんだ」とかね。
慌ててる人は、愛嬌や愛想の悪かった人。こんなこと言ったら可哀相だけど、愛嬌とか愛想のある人は、保険の制度がダメになろうが、悠々と生きていけるからね。(中略)

今は「別に俺、何にもしなくてもいいもん」っていう態度の人が多いわけ。挨拶しなくたって生きてゆけるっていう。だから慌ててるんだよ。愛嬌とか愛想がいい人は、保険が潰れようが、別に医者が知り合いだし、あそこ行けばいいご飯食わしてくれるし、みたいなね。

引用元: 所ジョージさんインタビュー「本人曰ク、文化人類学的」連載第3回 | MAG! 学生を応援するフリーマガジン

本当、この通りだと思う。丁寧な社会制度とかが多くて、みんなが「安定」を求め、事実「安定」だと思われるものを手にした結果、愛想が悪くなっちゃっていったんじゃないかな。

私が「別になんとかなるでしょ」と常に思っていられるとこの一つは、「多分頼れる人たち」がいっぱい頭に浮かぶからだよね。最悪家がなくなったとき、寝床を週に1回貸してくれそうな人が7人いれば問題ないじゃん、って。

私なんてまだ両親が健在だから、「ほぼ確実に頼れる人」が2人。兄と姉がいるから、それも考えれば4人。それに、今まで仲良くした人たちも大勢いるから、きっと大丈夫でしょ。って。

例えば東京が冷たい、田舎のほうが優しい、っていうのもそーいうハナシだよ。田舎は安定した生活というのを手に入れられないから、みんなと仲良くして、いざというときに助け合うの。東京は簡単に保険とか大企業とか入って安定できるから、仲良くしなくてもいーじゃん!って発想になっちゃう。

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安定した位置を、安定した生活を、っていうと、どんどん愛嬌とかがなくなって閉じこもった仲間内でだけ楽しむような人になっちゃう。なりたきゃなったらいーけど、それって楽しい?

ばいびー☆

笑顔で接するだけ人は幸せになれる、と思ういおりん。

笑顔で接するだけ人は幸せになれる、と思ういおりん。