「仕事で大事なのは信頼」じゃなくって「仕事で大事なのは相手を信頼すること」ってハナシ。
まいど、イオリンでござい。気温が涼しくなってきて、ようやく活動しやすい季節がやってきましたね。
さて。
仕事で大事なのは信頼関係とよく言われる。実際その通りだと私も思う。どんな仕事をするにしても、まず仕事相手を互いに信頼し合うことだ。人は信頼している相手に仕事を頼むし、信頼している相手に何かをしてあげたいものです。
ただ、私はこの「仕事で大事なのは信頼関係」という言葉がどーも歪んで伝わっている気がする。というのも、どーやら「仕事で大事なのは信頼してもらうこと」と言う風に捉えられていることが多い。これは色んな本を読んだり記事を見たりしていても思う。みんな、「信頼を失わない方法」とかばっかりを論じているんだ。
もちろん信頼してもらうことはとっても大事だ。でも、それ以上に大事なのが「信頼すること」なんじゃないかなと私は思っている。信頼されるかどうかなんて実はどうでもよくって、信頼することこそが気持ちいい仕事をする上で大事なことなんだと思う。
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そもそも、信頼されていない相手と気持ちの良い仕事なんて基本的に無理だ。だって自分の仕事を信じてもらってないんだもの。変な確認作業や罰則義務ばかり増えたり、正しい価値を見積もってもらえなかったりする。そーいう節々から「信頼していないこと」っていうのは絶対に伝わるので、双方の意欲が下がってしまう。それは口でいくら取り繕っても無駄だよ。
それなのに、「信頼されるように振る舞うことが大事なんだぞ」ともっともらしいことを振りかざして相手を跪かせようとする論理が多すぎる。「信頼を築くため」とか言って契約外の仕事を強要したり、不正な価格で取引したり、ね。「信頼されていない相手に信頼されるように振る舞う」っていう行為が歪みまくってるから、絶対に信頼関係にはならないと思う。
信頼は築くもんじゃなくって、ハナからでき上がってて然るべきなんだ。「相手を信じているから」一緒に仕事ができるんであって、それがなければ一緒に仕事なんてできないよ。
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ビジネス上の契約とかも、一見すると「信頼していない相手をどう従わせるか」という方面に見られがちだけれど、実際は「相手を信頼している上でのリスクヘッジ」でしかない。
人間は怠惰だし嘘つきだし自分勝手だから、例え信頼している相手でも、本能に負けてしまうかもしれない。その特性を承知の上で交わすのが契約だと私は思ってる。そーいう契約は「縛り」ではなく「本気度」というものを教えてくれる。
また、「信頼していない相手をどう従わせるか」というタイプの契約は、その契約内容、契約書の文面などから「あぁ、この人、私を信頼していないなあ」というのがよく分かる。「相手が信頼を裏切った時」のことを考え過ぎてて、そもそもの契約内容と罰則が全くつり合っていない。
私はそーいう契約や仕事のお願いが来ると断るようにしてる。「あなたが私を信頼しないのなら、きっといい仕事はできない」とね。
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ちなみに、「気持ちの良い仕事なんてクソくらえ。俺だけが得をすればよいのだ」というマインドなら、信頼関係とかあんまり関係ない。利用するだけ利用して、自分が損しないように立ち回るだけなら、信頼関係とは別のところで生きていくことは十分可能だと思うし、そーやって生きている人も多いんだろう。
別に他人がそう生きるのを問題とは思わない。私を巻き込まないでね、とは思うけれども、私を巻き込まないならば好きにしたら良い。
けれども、「気持ちの良い仕事なんてクソくらえ」というマインドで仕事をするなら、振る舞いや言動もそうあるべきだ。心の中では他人を利用したり蹴落としたりしても良いと思っていながら、さも清廉潔白な人間であるかのように振る舞うのはフェアじゃないよね。悪役のマインドを持つなら悪役を演じ切って欲しいよね。
そーいう「えぇかっこしぃ」が一番信頼を失いやすいし、カッコ悪いと、私は思うな。
ばいびー☆