優しさは世界を巡るハナシ。
まいど、いおりんでござい。
皆さん、「優しさ」って何だと思います?
井上陽水さんの言葉を引用しましょうか。この言葉も、短編漫画「制服は脱げない / 沙村広明」の中で出てきたんですけれど、なかなか示唆に富んでいるんじゃないかな。
最近「優しさ」について
考えているんですがたとえば……
女性を殴る人と
殴らない人とでは
殴らない人の方が
優しいですよねでも世の中には
殴られるのが気持ちいい
女の人もいるわけで…………そうなると
「優しさ」っていうのは
何なのか
よく判らなくなって
きますね……すいません
次の曲いきます引用元: シスタージェネレーター / 沙村広明
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さて。
私の中で、「優しさ」についてはほとんど結論が出ているんだよね。それは、「優しさは行動じゃなく状態である」ということ。優しくするんじゃなくて、優しくある、というのが私の理想だね。
「優しくしてあげよう」というのは行動の主体が自分じゃないんだよね。まず相手がいて、その相手が喜んでもらうために行動することが「優しくする」という行動の正体なんだよ。だから、その行動の成否は、「相手に喜んでもらえたかどーか」になる。
でも、相手が喜んでもらえるかどーかなんて、分かりっこないじゃん。そんなところをゴールに持ってくるなんて、どだい無理な話なんだよね。
でも、「優しくあろうとする」というのは、行動の主体が自分になる。相手が喜んでもらえそうなことをしていることで、自分が楽しい気分になる。だから、ぶっちゃけ「相手に喜んでもらえたかどーか」なんてどーでも良いんだよね。だって、行動をした時点で「優しいオレかっこい〜♪」って思ってるから。目的達成してるからね。誰も見ていなくても問題ない。
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「優しくしよう」と「優しくあろう」との大きな違いはもう1つ。それは「見返りを求めてしまうかどうか」だよね。
いくらごまかしても、「優しくしよう」としていると、その対象の相手から見返りを求めちゃう。だから「優しくしてあげたのに喜んでくれないなんて…」とか「優しくしてあげているのに、私に優しくしてくれないなんて」とか思っちゃう。これってとっても不幸なことなんじゃないかなー。
「優しくあろう」って考えている人は、さっきも言ったけど行動した時点で目的達成して楽しくなっちゃってるから、相手が褒めてくれなくても、優しくしてくれなくても、全然問題ないんだよ。
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人の優しさって、単純な双方向じゃなくて、巡るものだと思うんだよね。
きっと誰かが誰かに見せた優しさが、巡り巡ってあなたに振りかかっている。だから、あなたも色んなとこで優しくあることで、優しさが世界を駆け巡る。知らない店員さんが優しくしてくれるのも、あなたが10年前に誰かに贈った優しさが巡ってきたのかもしれない。
そう考えると、「優しくある」ということが入ってきやすいかもね。それに、とってもHAPPYじゃない?
バイビー♪