お笑いは武器

時折、「テレビのお笑いは、いじめ的な要素があるからダメ」みたいな言論を見かけるのですが。

「お笑い」って、いじめ的構造を嘲笑っているのではなくて、いじめ的構造に救いの手を差し伸べているのだとオイラは思っています。

いじめ的構造には基本的には救いがありません。いじめっ子は孤独な弱者なので反乱できないいし、かといって弱者のままではいじめられっ子のままです。

そんないじめられっ子にとって、「お笑い」とは弱者からエンターテイナー、あるいは人気者になるための「武器」であり「救いの手」なのですよ。

実際、オイラは「お笑い」のテクを利用して、「弱者」から「おもろいやつ」になっていじめを脱却しました。これって、「お笑い」が社会に浸透していないとできない芸当です。

そんなオイラからすると、「いじめ的な要素があるからお笑いはダメ」ってのは、いじめられっ子を弱者の位置に留めようとしている共犯者です。キレイゴト言って気持ちよくなってるだけで、そんなことを言うならいじめをなくしてほしいですね。