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戦国: 今川義元

僕は日本の戦国時代が大好きです.
戦国オタク,というほど知っているわけじゃないですが,
一般人に比べて多くの知識を持っていると自負しています.

ですが,周りにアニメオタクやゲームオタクはいても,
戦国オタク,という類の人間がほとんどいないので,寂しい思いをしています.
戦国武将に関して語っても,あまり興味を持ってくれないのです…

さて,今回はこのブログ上で戦国武将について語ろうかな,と思います.
興味のない人にとっても暇つぶしの読み物になれば幸いです.

第1回『今川義元』

今川義元と言えば,皆さんどういう戦国武将を思い浮かべるでしょうか?
僕の友人の中には「誰だっけ?」と言う人もいて,驚愕した記憶があります.

一般的に知られている情報としては,
「桶狭間の戦いにおいて,織田信長に敗れた武将」
といったところでしょうか.義務教育でもそう教えられるだけです.

もう少し深く踏み込んだ情報として,
「桶狭間の戦いでは輿に乗っていた」「公家文化にかぶれていた」
という認識がされていて,多くの人に愚将であると思われています.

ですが実際には,戦国時代において,最も能力のある武将一人であるとされています.

現在,人気のある武将として,織田信長,武田信玄,上杉謙信などが挙げられますが,
彼等と同格か,それ以上の実力者,というのが今川義元の実像だと言われています.

実際に,武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いで,仲介役を担って和睦させていますし,
武田信玄は今川義元には手出しできていません(その思惑は未だ議論されていますが.

幕府との決別を明確に宣言した「今川仮名目録追加」の制定や,
寄親寄子制度による軍事改革など,内政面でも敏腕を奮っています.
雪斎の助力を受けて北条,武田との甲相駿三国同盟も実現しています.

さらに先ほどの雪斎や松平元康(のちの徳川家康),その配下の本田平八郎(忠勝)など
有能な配下の存在もあり,当時の戦国最強の一角であるのは間違いありません.
もっとコアなところをつけば,酒井忠次寿桂尼など.オールスターです.

そんなオールスターを統べ,「海道一の弓取り」の異名を持ち,
存命中は「天下に一番近い男」とまで言われた男こそが今川義元なのです.

そんな今川義元ですが,テレビやゲームなどでは暗愚の将として描かれることが多く,
それはそれで面白い反面,ちょっと残念です.

北条家しかり,朝倉家しかり,没落した大名家はそういう扱いを受けるのでしょう.
武田信玄などのような武勇伝があまりなくて地味なのも原因のひとつかもしれませんね.

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