イオリンの雑記

もしも子どもたちに

僕は「子どもに」とか「未来に」とかはあまり思わない。自分の人生で精一杯なのと、そんな誰かのために何かができるような人間とも思っていない。でも、万一何かができるとなったら、僕がやりたいのは「1人で生きること」の肯定。直接的なつながりや愛じゃなくって「この世界のどこかで繋がっている」というつながりだけで生きてもいいんだということ。その肯定。手を繋ぐことだけが、言葉をかけるだけがつながりじゃない。1人でがんばって生きているというつながりもある。

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