僕は屋台骨がしっかり通っている人間が好きだ。そういう人間は立ち振る舞いに出る。逆に屋台骨が通っていない人間というというのも出る。おそらくそれは、どのくらい自分と言うものを掌握しているか、に依存している。普段の姿勢・体勢の置き方。顔の筋肉から指先まで。あるいは自分の意識・視線・振る舞い・・・そこの掌握率に出る。家を出る前の鏡の前の自分だけ見て、実際の外の動きは掌握できていないから、ちぐはぐになり、みっともなさに繋がる。車が綺麗だけれど運転している姿はみっともない、とか。服や持ち物は綺麗だけれど、座り方が汚い、とか。そういうのは「育ち」と言われるけれどそうじゃなくて、掌握率だと思う。どれくらいちゃんと認識して掌握できているか。