イオリンの雑記

「僕」の日

僕は無意識下でさまざまなところでコスト計算を日常的にしているのだと思う。他者に迷惑をかけない、ということはつまり他者に無駄なコストをかけさせない、ということに近い。僕の性格としてもその無駄なコストを削減するための行動を好むし、無駄にコストかけられると不満に思う。ただ、日常的にコスト計算をしていないとまぁドブに捨てちゃうのも已む無しなのかな。「それ相手の人件費にタダ乗りしてるぞ」とか考えてる。それにしても一人称について長年考えてきたけれど、書く内容やその時の気分でしっくり来るのが変わる。今日は「僕」の日。一冊の本を記すでもないし、日によってブレるのは変じゃない気がする。

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