いつからか、現実逃避的な発言をしなくなった、ってハナシ。

まいど、イオリンでござい。

最近、とある人がこんなことを言っていた。

「漫画家にでもなって、ドラゴンボールみたいなヒット作出して、悠々自適に暮らしたい」

これはまぁ、よくある現実逃避の言葉だ。宝くじで3億当たったら、とか、石油王と結婚できたら、とか、学生の頃は楽しかったなー、とか、そういったモノと同じ類の発言だ。

いつからか、私はこういった現実逃避の発言をしなくなった。

ものづくりの場所においても「このサービスが当たって10億稼げたら……!」みたいな話をする人はよくいるものだが、私はそういった類の発言をしない。あくまで現状の延長線上にある話しかしない気がする。段階をすっぽ抜かして「成功したら…」という発言をしないのだ。

おそらく、私は現在の自分が割と好きなのだ。

毎日なんだかんだ悪くない日々を送ることができるし、適度に楽しいイベントが発生する。数年おきに飽きてしまってはテコ入れをしているような人生だが、それでも自分が嫌になることなんてほとんどない。

たまーにネガティブになり、「なんで生きているんだろう」みたいな気持ちに陥ることがあるけれど、それも含めて自分が好きなんだろうと思う。だから「あーあ、今目の前に5億があったらなー」と考えている暇があったら、自分という人生ゲームを遊んでいたいのだ。

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他人に対してアドバイスみたいなことをしなくなったのも、同じような理由だと思う。

学生の頃くらいまでは、私はおせっかいだった。自分の時間を使って勉強を教えたり、友達の課題を手伝ってあげたりしていた。同期や後輩に偉そうに人生の講釈をたれちゃうような、パッとしない男だった(今がパッとしているかは知らないが)。

あの頃は、自分の人生にあまり期待していなかったのだと思う。だから誰かにお節介をやくことで、自分の人生に何か意味を見出そうとしていたのだろう。

今は、なんだかんだ自分の人生を楽しむのに夢中だから、余計なお節介をかいている暇がないのだ。今でも誰かに何かを教えることはあるけれど、「その人のため」なんて微塵も思っていない。私が教えたいし教える時間が楽しそうだから教える。それだけだ。

どこかのインタビューで所ジョージさんが、今の若者に伝えたいことを聞かれて「そんなのないよ。自分の人生で精一杯だから」と答えていたのを思い出す。その言葉を見た当時は驚嘆したものだけれど、気づいたら同じトコロに立っているのかも、しれない。

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かといって、現状に満足しているわけでもない。後ろを振り返って「まーーなかなか悪くない人生じゃん?」とは思うけれど、今は「「もっと面白いおところへ」という願望はある。

それがどういうところかはまだ想像できていないんだけれど、それを探して日々キョロキョロしながら生きている。そんな感じ。

ばいびー。

知らないことが多すぎる。