人との繋がりが密接になるほどコミュニティは閉じられていく、ってハナシ。

まいど、イオリンでござい。

私はどちらかと言えば社交性が低い人間だ。既に友人となっている間柄なら仲良くできるんだけれど、そうじゃないならあまり仲良くしようと思えないし、「仲良くしたい!」と思えるような人もそんなに頻繁に現れない。大勢がいる場もそんなに好きじゃない。

だから、色んな人と仲良くなれたり、人類皆兄弟かのように振る舞ったりする人とは別種の人間だなあと思う。私は仲良くしたい人としか仲良くなれないし、そんなに仲良くしたいと思う人が多いわけじゃない。

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そんな社交性の低い私から見て、最近のコミュニティブームというのは少し苦手だ。なぜなら、それが「社交性高い人たち向けの内輪ノリ」に見えるからだ。

最近、下記の記事を読んだ。

参考: 21世紀のイノベーションに必要な「界隈性」 – 電通報

とってもざっくり言えば、「地域の人々やコミュニティが互いに繋がりあうような性質」のことだ。街の商店街に行けば店主と学生さんが世間バナシしていたり、公園に行けばペットの飼い主同士が一緒に遊んでいたり。そういう、自分とは違うコミュニティの人とも関係性が生まれるような性質を界隈性と言うらしい。

私はこの界隈性のある街のことを否定する気はない。そーいう関係はとても素敵なことだと思うし、街も活気づいて色んな良いサイクルが回る可能性があると思う。

ただ、これがそんな簡単に形成されているようには私は思わない。現存する多くのコミュニティは広く開かれているのではなく、「社交性の高い人が然るべき手続きをとれば入れるコミュニティ」でしかない気がしている。それは大きな内輪ノリコミュニティであり界隈性はそこにはないように思う(それが悪いと言っているわけじゃない)。

例えば、店主とお客さんたちが仲良く会話しているようなカフェがあったとして、彼らは「このカフェは界隈性がある空間だ」と思うかもしれないが、外部の人間からすると、むしろ「常連客がいて入りづらいカフェ」でしかない。そこに入るのは「新しく入り浸れるカフェを開拓したい人」だけだ。

〜〜〜〜

界隈性を語るなら、大事なのは距離感だと思う。先ほどのカフェの例でもそうだが、他者にも開かれたコミュニティというのは、人同士がそこまで密接に関わり合っていないようなコミュニティだと私は考える。

先ほどのカフェの例を言えば、常連客ができるような店を目指すのではなく、ただ互いに挨拶と軽い会話を交わせるような店であればいい。ずっと密接に話し込んでしまうと、それは閉じられたコミュニティになってしまう。だから、店主とお客さんが、もしくはお客さん同士が挨拶と簡単な会話だけを交わすようなカフェのほうが、コミュニケーションの量は少ないかもしれないが、ずっと開かれたお店だ。

人と人とは距離感が密接になればなるほど良い、というようなものじゃない。むしろ人間同士は基本的に相性が悪いから、一定の距離を保たないと衝突し合ってしまうし、誰かと密接になればなるほど、他の人との関係性が薄くなる、

人生を語るなら好きにすればいいが、開かれたコミュニティを語るなら、そのコミュニティ内での人と人との距離感というものをしっかり考えないといけないと思う。コミュニティ内での絆が密接に結びつくほどコミュニティは閉じられていく。

閉じられたコミュニティに入れるのは、社交性の高い人……つまるところ、他人と関わる意欲が特別高い人だけなのだ。

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今これを書いている喫茶店の外で、女子高生が自転車を出すのをおじいさんが手伝っていた。自転車を出し終えると女子高生は「ありがとうございます」とお礼を言い、おじいさんは「いえいえ」と言った。そして女子高生は去っていった。

これくらいの交流でいい。これくらいの関係性が店全体、街全体に拡がっていけば、そこには界隈性と呼ばれるナニカがあるんじゃないかな。

ばいびー☆

(余談ですが、界隈性がイノベーション(技術革新)に必要不可欠とも私は思わないです。)

ドラクエミュージアムにて。

 - 所感・主張

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著者: イオリン

平成元年生まれ。奈良に生まれて青年時代を関西で過ごす。ITとデザインを勉強して上京しITベンチャーに就職するが、「もっと楽しいことをしたい」と退職。社会人生活をゼロからのリトライ中。見た目はダンディ、心は永遠の15歳。

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