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オイラの実用書の選び方2019

「オイラがどうやって読む本(実用書)を選んでいるか」という話をします。

皆さんの役に立つ話はないです。はい。


オイラは割と本屋が好きで、たとえば待ち合わせの場所とかに好んで使うし、なんとなく帰り道で本屋を見かけたら入ってしまいます。本屋の中で新しい本と出会うことがとても好きなのですね。

普段は「コーラ飲みたいけど、お金かかるし家帰って水飲も」とか思うオイラですが、本屋に関してはつい、「これは読みたい!買おう」という衝動買いをしてしまいます。

ただ、その衝動買いにも一応基準がありまして。買ったけど読まない、いわゆる「積ん読」というのを防ぐために、「どういった本なら自分は読み進められるのか」というところを意識して本を選んでいます。


まず、オイラが本を読むときの価値基準には、「事実ベースであること」「知らないことで意外性があること」「汎用性が高いこと」「色褪せにくい知識であること」などがあります。


「事実ベースであること」というのは、実用的な知識には必要不可欠です。が、世の中の本を読んでいると、事実ベースではないことを書いた本、というのはめちゃくちゃ多いです。そして、そんな事実ベースではない本が割と売れていたりします。

たとえば「イシューからはじめよ」という本が少し流行っていていろんな人が「イシュー」「イシュー」と言っていましたが、私はあの本を「実用性の低い知識」と思っています。なぜなら、理論の根底に「事実」がないからです。色々書かれているし考えられているですが、「ぼくがかんがえたさいきょうのりろん」。。つまり、「俺様理論」でしかないのですよ。

以前も書きましたが、俺様理論が役に立たないことは、天動説や量子力学が証明済みです。「正しそうなこと言ってるけど、思い込みかもしれないよね」ということです。無駄とまでは言いませんが、「思い込みを正しいと誤認すること」はめちゃくちゃ危険なので、そーいう意味でも実用すべきではない知識だと思います。

(あと、「イシューからはじめよ」は、当たり前のことを「イシュー」という単語を使ってそれっぽい新情報に見せかける、という、「PDCA」や「MECE」などと同じ手法を使っているので、そーいう観点からも「あまり読むべきではない。」と思います。新情報が得られる本ではなく、「わかった気にさせるだけ」の本だな、とオイラは思いました。)

逆に、知らないような事実があれば割と楽しいし有用なので、「理系の常識は9割間違っている!?」みたいな本は好きです。タイトルはうさんくさいですが、中身がちゃんとした事実だと嬉しいです(もちろん、同じようなタイトルでも中身が事実じゃないモノもありますけど)。


あとの基準は、「どのくらい有用か」という観点な気がしますね。「事実ベースかどーか」は、0と1の境界線であり、ほかの要素は、「どのくらい100点に近いか」というところを決める要素です。汎用性も意外性も、「そのほうが有用だよね」という基準ですね。

特に「色褪せにくい知識であること」というのはとても重要です。知識というのは色褪せるものなのですよ。

1つの要因として、「世界は時とともに変化していくものだから」があります。

たとえば2019年現在の日本は「硬貨」「紙幣」を使っているので、それらの見分け方や数え方、「どう支払えばお釣りが綺麗になるか」などは有用な知識です。ですが、30年後などに硬貨が完全撤廃されたら、それらの知識は全て無用になるわけですよ。

他にも、期間限定の知識というのは沢山あります。もちろん、その期間内にはとても有用な知識なので無駄とは限らないですが、知識の有効期限が短ければ短いほど、無駄になりやすいのです。2019年4月の時点で「平成天皇との付き合い方」の本とか読んでも、2019年5月にはほとんど使えない知識となるわけです。

一方で、有効期限が長い知識というのもあって。たとえば「ヒトの行動心理に関する知識」というのはなかなか色褪せません。なぜならヒトというものは何億年もの進化の中で、今の構造に行き着いているわけです。オイラが生きているうちに「人間から性欲がなくなる」とかありえないわけですよ。(中国とかはやらかしそうな気はしますけどね。。)

ただ、ヒトの心理に関してはわからないことだらけで、「この事実はAということを示唆していると考えられてきたけど、さらに実験して事実を集めたらA’だった」みたいなことが起きちゃうので、そーいう意味で色褪せる可能性は無視できないですけれど、少なくとも「低い」と言えるわけです。

なんかの研究で、「知識というのは5年で80%くらいはアップデートされる」というよーな調査結果があったので、「知識の寿命」というのは常に意識していて、できれば寿命の長い知識を得るようにしています。


「筆者が日本人でないこと」も、割と大きな基準になっています。

海外で出版された本の翻訳本というのは、「海外という市場で売られて生き抜いた本」であり、「【翻訳】という多大な労力をかけてでも日本で売れるだろうという予測が立てられた本」なのですよ。なので、日本人が書いた本よりも平均してレベルが高いことが多いです。

そして、そーいう本のほうが「事実ベース」であることが多い印象があります。仕事術に関しても、「社員を調査したらこーだった」とか「調査会社のデータによるとこーだった」からはじまり、「だからこうだよね」という事実ベースの提案や理論になっていることが多いです。

最近は、「海外の本のようなデザインの日本人が書いた本」というのもありますが、中身をパラパラ読むと、「あれ?これ本当に海外の本?」と気づくことが多いです。パラパラ読むだけで「え、これ思い込みじゃね?」と感じて筆者のところを見て「あっ、なんだ日本人が筆者か」と気づく、ということが割と多いです。

(もちろん、海外の本だから100%こう、日本人筆者だから100%こう、というわけではなく、あくまで傾向です。)


以上のようなことを表紙を見たりパラパラ読んだりしながら無意識に判断して本を選んでいますね。

ちなみに、よく「科学」とか「実験」「調査」とかいう言葉を使うので、「科学的なことしか興味がない」と言われそうですが、実際は「事実」への興味が強く、それが色濃く詰まっているのが「科学」なだけですね。だから「歴史」も結構好きです。