傾き過ぎない生活のハナシ。

まいど、いおりんでござい〜。

私は生きるにおいて、「バランス」というものを結構重要視してます。というか、「傾き過ぎた生活」っていうのは飽きてしまいがちなので、「どっちつかずの生活」っていうのが一番面白いんじゃないかなと考えている。

感覚的なハナシなので例を出すと。

私は元々内向的というか、自己完結しやすい性格なので、遊ぶときも1人が多い。映画も1人で行くし、ライブも1人で行く。カラオケだって1人で行くし、旅行も1人旅が多い。ご飯だって1人で食べていても寂しいとか感じない。ちょっと前、大学生時代に「ぼっち飯」なんて単語流行ったけど、何が悪いんだろう?と1人でご飯を食べてた。そんな人間です。

でも、「1人での生活」に傾き過ぎると、すぐ飽きちゃう。寂しいんじゃなくて、つまらなくなっちゃう。

だから、定期的に「1人じゃない生活」をする。誰かとご飯を食べてみたり、旅行に友人を誘ってみたり、活発的なイベントに参加してみたりする。他人と会うのは好きなほーなので、とっても楽しい。色んな発見があり、色んな考えるきっかけがあり、学びがある。純粋に楽しい。

ところがぎっちょん、こちらも同じで、「1人じゃない生活」に傾き過ぎると、すぐ飽きちゃう。誰かと会うのが嫌になるとかそーじゃなくて、つまらなくなっちゃう。

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これは何でもそーで、テレビゲームが大好きでめっちゃやりまくる時期もあれば、全然やりたくならない時期もある。自然回帰的な場所が大好きな時期もあれば、産業革命的、文明的な生活をしたくなる時期もある。のんべんだらりと生きたい時期もあれば、血湧き肉躍るよーな生活をしたい時期もある。早起きしたい時期もあれば昼夜逆転する時期もある。

どっちかが好きでどっちかが嫌いとかじゃなくって、どっちかに傾き過ぎると、飽きちゃう。

以前も書いたけれど、私は慣れとか飽きとかにすごく弱くって、そーいうのからすんごく逃げ続けている。その結果が、「どっちつかずの生活」ってやつで、良い風に言えばバランスのとれた生活になる。

関連: イオリンは「慣れ」恐怖症だ、ってハナシ。 | イオリン手記

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こーいう欲求を持っている人がもしいっぱいいるなら、そーいうギルドを作っても良いと思うんだけどねー。そーすれば、例えば、「一時的に都会で生活したい人」と「一時的に田舎で生活したい人」が定期的に居場所を交換できれば無駄が少ないでしょ。

ここ数年で「田舎へ移住しよう」とか流行っていますけれど、極端すぎない?なんで移住した先で永住しなきゃいけないんだろ。東京で消耗する時期と田舎でのんべんだらりする時期、どっちがあってもいーじゃん。

ばいびー☆

海が好きな時期もあれば、山が好きな時期も。

海が好きな時期もあれば、山が好きな時期も。